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2017年5月 8日 (月)

 調子の上がらない人々が街に溢れる月曜日。先日、電車の中で聞くともなしに聞いた会話が頭を離れません。
 それは女子大学生2人の会話でした。

 別々のアルバイトをしているらしき2人、一人の時給が950円、もう一人が1200円だそうで。950円がしきりに1200円を羨ましがっていました。

「友がみなわれよりもえらく見ゆる日よ」

 石川啄木だってこんな詩を書いているくらいだから、その気持ちはよくわかる。ただ、彼女たちの長い人生を考えたとき、その「時給の差」に意識を集中してしまうのはいかがなものかと心配です。余計なお世話なのは百も承知で。

 私は最近、商売人塾や文章などで「定年など気にせずに長く働こう」というメッセージを発信し続けています。サラリーマンには定年があるからこそ、「商売」を勧めているわけです。

 この国のほとんどの人は、学生の時にバイトをして、就職してサラリーマンになります。そのうち一部の人がその後どこかのタイミングで商売人(フリーランス)になります。
 ニーチェみたいですが、「バイト→サラリーマン→商売人(フリーランス)」がこれから「三態の変化」になるのではないかと。

 ここでバイトは「時給」つまり時間を提供して働きます。成果ではなく何時間働くか。そしてサラリーマンになっても似たようなものです。成果よりも何時に出社して何時に帰るかのほうが重要。
 こうした場で長く働いてしまうと「時間で仕事する」習慣が付いてしまい、商売(フリーランス)への転換がうまくいかないケースが出てきます。

 だって商売人・フリーランス・自営業って、どれだけ長時間働いたって何の意味もないからね。

 お客さんに意味のあるモノやサービスを提供できるかどうか。これがすべて。
 オレなんか頑張って苦労して原稿書いたのに、売れなくてマクドナルドの時給以下になってしまった経験を何度したことか。

 しかし、それをなんどか経験する内に意味のあるアウトプット、意味のある仕事について考えるようになるんだけど。果たして950円の劣等感と、1200円の優越感を感じていた彼女たちが「それを気にしない」で生きられる日が来ることを祈りましょう。

 でも、われわれ大人も彼女たちのことを心配してられないかもしれません。
 周りの人と自分を比べて、もっともっと「ちっぽけな差」を見つけては妬んだりひがんだりしているからね。
 気をつけましょうね。ご同輩。

2017年4月27日 (木)

 立て続けに「これまで経験したことのない」仕事の依頼を受けています。大企業の役員相手から渋谷の若者向け、書くこと話すこと作ることその他諸々。我ながら「なんとまあ幅広い」と苦笑しています。そしてこれは、ゼニカネと関係なくかなり幸せだなあと。

 私は就職活動を放棄して「専門職」といわれる道を進みました。当然のことながら周りには「専門」にこだわりのある人が多く、つねに「専門性を磨く=自分ならではの分野づくり」に邁進する人がほとんどでした。でも私はそんな「専門分野を磨く」ことが苦手で逃げ出すようにその場を離れました。

 人には向き不向きがあり、やはり私には税金の計算など向いていなかったのだと思います(飲み屋の会計すらできんし)。ただ他流試合みたいなことは大好きで、いまでも異分野、異国、異文化に触れるだけでワクワクします。そんな自分がやっと「自分の居場所」を見つけられたと感慨深い。この調子でいけばあと50年は仕事ができそうな気がします。

 この歳でやっとわかりました。仕事って思いが形(カタチ)になるまで時間が掛かるものですね。「なぜ思い通りにならないんだ」と心で叫びながら毎晩飲んだくれた日々は、やっぱり必要だったんです。

 私は両親に一度たりとも「勉強しろ」と言われた覚えがありません。そのおかげで勉強を嫌いにならず、好きになりました。社会に出てからも「こうしなさい」と言われるたびに逆らって、「自分の道は自分で探す」習慣が付きました。

 自分の「あるがまま」で生きるのは大変だけど、いつかトンネルを抜けた後の気分は最高。これぞマズローのいうB動機(Being;あるがまま)なのでしょう。
 金なんて関係ない。Beingに生きて、おいしいBeerを飲む、それが人生。

2017年4月 9日 (日)

 春休みが終わり、子どもは月曜から新学期です。うちの息子は夜更かしし過ぎて、明日から早起きできるか心配。そこで一回転させて戻してやろうと、「今日は寝ないでずっと起きてろ」と命令してみました。すると不思議なもので、「寝るな」と言われると眠くなるようです。

 「はやく寝ろ」と言われれば夜更かしし、「ずっと起きてろ」と言われれば眠くなる。これを天邪鬼(あまのじゃく)と片付けるのは簡単ですが、ここには「人間の性質」に係わる重大なテーマが潜んでいるように思います。

 人は誰かに命令されること、義務を作られることが嫌いなのではないかと。私自身、仕事や生活全般において「マスト」が大嫌いなのでよくわかります。わが親子は「マスト嫌い」気質がめっぽう強いようです。

 最近仕事でノドから手が出るくらい新しいアイデアを欲しているのですが、「マスト」に埋もれ、To Doリストを片付ける生き方をしていると、絶対に「よいアイデアや発想」は生まれません。それを「片付ける・こなす」ことに意識が集中してしまうからです。

 だから最近はできるだけマストな作業や約束を減らすようにして、のんびりぼんやり過ごすようにしています。誰かと食事に行くときも、「会いたい気分」のときに「明日食事行かない?」と誘って、それで対応してくれる友人を大事にします。「来週は予定が詰まっているので再来週の予定いかがですか?」と調整しているうちにその食事がマストな義務になってしまうからです。

 すべてをそのときの気分と感覚に任せ、偶然(セレンディピティ?)をじっと待つ。その境地にして初めて「身の回りから学べる」ようになる気がします。これがたぶん「一生懸命頑張れば頑張るほど、結果が出ない」悪循環を抜け出す道ではないかと。

 作業ならともかく、何かを創造しようとするなら頑張りすぎてはダメですね。明日から新学期のわが子は学校や母親から「マスト」を突きつけられる日々ですが、たまにはこっそり「ぼんやりさせる」場所と時間に連れ出そうと思います。

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 「運の悪い人は緊張や不安に弱く、(中略)実際の生活でも、待ち合わせの時間に遅れないことや新しい仕事を見つけることなど、さまざまな問題で頭がいっぱいだ。ごく狭い範囲に注意力が集中して、身の回りにあふれているチャンスを見逃しやすい」
              「運のいい人の法則」リチャード・ワイズマン著 角川文庫より

2017年4月 8日 (土)

 桜の花びらが舞う中、今期ビジネススクール会計講座が終了。生徒たちが明るい表情で巣立っていきました。

 今回受講してくれた中国人の女性から教わったのですが、中国でも「孫子」は「孫子兵法」と呼ばれているそうです。老子・荘子・孟子・韓非子など数ある中国古典のなかで、どうして「孫子」だけが「孫子の兵法」と呼ばれるのか気になっていましたが、本家中国でもそうなんですね。

 これは少々もったいないネーミングだと思います。「兵法」を付けてしまうと、どうしても女性など敬遠してしまいますからね。孫子の人生訓・処世術は、日本の「おじさん組織」で生きる女性こそ学ぶべきなのに。中国でも若い人などは「孫子兵法」と聞いて敬遠する傾向があるそうです。
 ちなみに英語圏では「The Art of War」と訳されています。このほうがいいですね。やっぱりネーミングは大切。

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2017年4月 6日 (木)

「持続可能な資本主義」、新井和宏さんの講演をお聞きし、帰りの電車の中で著書も読ませていただきました。

 おそらく景気が悪いのが一番の原因でしょうが、ここ20年「数値化=見える化」が大流行です。数字で結果を出すこと、そして目に見える具体的なかたちで業務を定めること。それがいまや経営の常識です。

 具体的な数字をもとに経営を組み立てるのは、例えるなら、真夜中の高速道路を照明灯を頼りに走るようなもの。ぶつかる事故は減る代わりに、周りの景色は一切見えません。昼間なら見えたはずの富士山も満開の桜も暗闇に沈むなか、照明灯を頼りに走る深夜のドライブ。

...

 「そこにあるはずのものが見えない」

 だからこそ新井さんの著書にあるように「『いい会社』は数値化できない」ということになるのでしょう。

 色々なところで、色々な立場から出てきた「景色の見えない深夜ドライブ」への懐疑や反論。それを個人的にはとても嬉しく、そして頼もしく思います。
 新井さんは「いい会社」を日本人に増やすべく、「結い2101」ファンドを設立・運営されています。「社会のため」と考えるだけでなく、実行し、結果を出していることがスゴいやね。仕事はこうじゃなくちゃいけません。

 春の陽気に誘われて朝からボーッと遊んでしまった1日、雨の降り出した夜になってピシッと気合いが入りました。毎度ながら刺激的な講演者チョイス、松山さんありがとうございます! 明日思い切り仕事する気になりました。
 新井さん、そして松山さん&ジェイカレッジ・スタッフの皆さんthanks!

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2017年4月 5日 (水)

 連載が終わった翌日、満開の桜の下をしばし散歩。これほどのんびりした開放感は久しぶりです。しかし不思議なもので、「もうネタを考えなくてもいい」はずが、ブラブラ散歩していると、次から次へと書きたいネタが降ってきます。「こんなことなら10回じゃなくて20回にしておくんだった」と後悔している自分に嫌気が差します。

 先日の八重洲ブックセンター講演でも話しましたが、ただブラブラしていてもダメなんですが、いったんギュッと詰めたあとに緩めるとこんな感じになりますね。「一所懸命考えているウチは、ろくなアイデアが浮かばない」不条理を身をもって実感します。

 さて、もう過去は過去として、花満開の新学期だし、次です、次。

  充電期間を経て、商売人育成CAT塾を来る7月より新開講します。日程は7/1・7/22・8/5・9/2・10/7・11/11・11/25(広島)です。今回は「商売人の国語・算数・理科・社会・道徳」の新メニューでお贈りします。そのうち募集開始します。

 そして、行くぜシンガポール&バンコク!
 5/24(水)夜にシンガポールにてプライシングセミナーやります。7/9(日)にはタイにて私のプライシングと板谷さんの言語技術セミナーの2本立て。シンガポールとタイの皆さん、どうぞ期待して待っていてください! さあ、お楽しみはこれからだ!

 「花の下は涯(はて)がないからだよ」 坂口安吾著「桜の森の満開の下」より

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2017年3月25日 (土)

 週末のビジネススクールにて、生徒から興味深いお話を聞きました。外資系に勤める彼女の「イタリア人上司」が来日したときのエピソード。そのイタリア人が日本ビジネスマンにプレゼンするたびに落ち込み、めげてしまったのだとか。

 イタリア人が日本人相手のプレゼンで落ち込んだ理由・・・それは聞き手の「反応がない」ことだったそうです。一生懸命プレゼンしてもまったく表情を変えず、つまらなさそうに聞く日本人。陽気なイタリア人はこれで自信喪失してしまったのですね。
 よ~くわかります。本当にお気の毒。興味がないわけじゃないんですよね、みんなそういう「表情」なだけ。

 これには講師をつとめる私もかなり洗礼を受けてきました。年配の男性が多い大企業では、なにをどう面白く話そうとぜんぜん笑ってくれない。じっと「会議顔」を崩さぬまま聞いている人が多いです。

 さいきんこれが若い人にも広がりつつあります。会社の新人でも「反応がない」人が増えています。おそらくビデオ講義しかない予備校に通い、テレビとユーチューブでしかお笑いを見ないうちに、「自分の表情が話し手に影響を及ぼす」ことを忘れてしまうのでしょう。

 それにしてもイタリア人があまりに気の毒。面白い落語ライブでも見に行って、「笑う」ことに慣れようよ、日本人。話す相手に対しきちんと反応する、これがグローバルの出発点だと思うぞ。

2017年3月 8日 (水)

 ふと気が付きました。「環境変化が激しい時代だから、変わらなければならない」と口にする経営者ほど、うまくいっていない事実に。
 逆に、変化に対応してしなやかに乗り切っている経営者は「変わらなきゃ」などと口にしません。「ワインの美味しい店、みつけてさあ」などと言っています。

 「変わりたくても変われない」経営者は、地上から空飛ぶ飛行機を眺めているようなものなのでしょう。「うわ、スピードはや!これは歩いている場合じゃない」と焦っている。
 これに対して「変化に対応して変われている」経営者は、飛行機の中で一杯やっている自然体イメージ。のんびり毎日を楽しんでいるように見えて、実はすごいスピードで進んでいる。
 大空を見上げて外の速度におののく経営者、そして、ゆっくり過ごしているつもりで高速移動している経営者。ちなみにアインシュタイン博士はこの両極端な経営者を見て相対性理論を発見したそうです。

 外から飛行機を見るか、それとも飛行機に乗り込むか。
 地上から飛行機を見て、写真撮って喜んでいる場合じゃないぞ。
 さあ、いつもの場所を離れ、飛行機に乗ろうじゃないか。

※注:JAL&ANAの回し者、コマーシャルではありません

2017年2月22日 (水)

 親愛なるブログ読者の皆さまへ。
 はや2月も下旬。皆さまいかがお過ごしでしょうか。さいきん身辺雑記をfacebookで書くようになり、本ブログの更新が滞りがちになってしまいました。

 実はこのブログと、私のwebサイトを大幅リニューアルする予定があるのですが、忙しくてなかなか進みません。

 そんななか、たま~に「ブログ更新しないんですか?」と訊ねられることがあります。「見てくれている人もいるんだなあ」と申し訳ない気持ちです。おそらく今年中にはデザイン・内容などリニューアルを行うことになると思います。

 それまでといってはなんですが、最近、日経さんのNIKKEI STYLE 出世ナビにて連載を始めました。現在、週1ペースで連載しています。「日経がよく許してくれるな」と思うほど飛ばし気味に書いています。
 読者の皆さま、どうぞお暇なときにご覧くださいませ。
 こちらです → http://style.nikkei.com/career/DF020220171832

 この連載もそうですが、現在「奇襲」をテーマにしています。奇襲をテーマにした新刊も3/2に発売となります。ずっと奇襲的に生きてきた私の集大成です(?)。新刊講演なども行いますのでお暇なら来てよね、というわけで今後ともよろしくお願いいたします。

2016年12月28日 (水)

 こんなことがあってもいいのだろうか。
 いや、あったのだからしょうがない。
 年明けダッシュの予定だった次の新刊を、ほぼ書き終えてしまいました。本日版元と打ち合わせして3/1発売が決まり。

 クリスマス連休も調子がいいのでずっと書いていましたが、まさか終わるとは。
 連載原稿も全部終了。ぜんぜん疲れていないし、いったいどうしてしまったんでしょうねえ、私は。
 馬なり余力で有馬記念をレコード勝ちしたような気分です。

 最近の出版不況にて、毎度ボロボロになるまで頑張って書いた本が思ったほど売れない悲哀を味わっております。自らの努力がまったく売上に比例しないのが物書きの宿命。
 ということはまったく苦労なく余力十分な今回に限って・・・。
 それは来年の初夢に取っておくとしましょう。

 明日からしばらく休みます。仕事関係の皆さま、1/10には復帰します。
 では、またお目に掛かりましょう、アディオス、アミーゴ!

2016年10月20日 (木)

昨日の勉強会にて登場したキーワード、「応援される力」。商売を成功させるために、重要ですねえ。とくに起業して独り立ちする場合などは、これでほぼ命運が決まるから恐ろしい。
ここで難しいのは「自らの努力」に頼る頑張り屋ほど、「応援される力」を失ってしまうという残酷な現実。しかめっ面では応援されるどころか人が逃げます。

応援されるためには、笑顔が似合わないといけません。
...
あんまり努力しすぎず、どうにもならんことは、気にせずほっとくこと。
良き仲間とちゃんと美味しいものを食べて、飲んで正しく騒ぐこと。

そして晴れた日は、ビール片手に鴨川沿いでも散歩するに限る。

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2016年10月14日 (金)

 「昔はよかった」と言わないほうがいいのは、分かっているけれど・・・。
 昔なら福井でその日の仕事を終えたら、カニ食ってドンチャン騒ぎするか、金沢まで繰り出して朝まで大騒ぎしたものです。
 それがいまや福井から「東京駅みたいな金沢駅」で乗り換えて北陸新幹線、真っ暗で外の景色を味わうことも叶わず、車内販売のビールを待つうち、あっという間に東京です。
 味気ない瞬間移動をしながら、「自分の人生もそうなっているんじゃないか」と不安に襲われます。

 一昨日の八重洲ブックセンター講演、守屋さんが話された「パッケージツアー的学び vs バックパッカー的学び」じゃないですが、あたりをうろうろする時間的余裕と、キョロキョロして何かを感じられる感性なくして、何かを生み出すことはできないのではないかと。
 新幹線はたしかに素晴らしいですが、それを「科学の進歩」と捉えるには、昭和から少々、時が経ちすぎたように思います。
 新幹線が東京に近づくにつれ、漠然とした恐怖感のなかで下記の言葉を思い出しました。

「いわゆる頭のいい人は、いわば足の早い旅人のようなものである。人より先に人のまだ行かない所へ行きつくこともできる代わりに、途中の道ばたあるいはちょっとしたわき道にある肝心なものを見落とす恐れがある」 
「寺田寅彦 科学者とあたま」寺田寅彦著、平凡社

 「頭のいい人」を、ビジネスマンは「仕事ができる人」、子供の場合には「成績がよい子」に置き換えて差し支えありません。

2016年10月12日 (水)

 先日の講演ツアーで阪本さんが「お客としての振る舞いを美しくしよう」と話されていた。本当にその通りだと思います。良い客として振る舞えずして、どうして「素晴らしい接客」が提供できましょう。
 未熟なバイトさんであっても、明らかな失礼があったとしても、大人の了見で対応できるかどうか。それが跳ね返って「自らの良き商売」をつくるのであります。

 連休中の本日、スーパー銭湯にて大騒ぎする幼稚園児が数名。バシャバシャと泳ぐ坊主たちに眉をひそめるオッサンたち。
 そんななか、まだ独身とおぼしき若いアンちゃんが「あたたかい笑顔」で園児たちを見守っておりました。いい笑顔だねえ、好感度大。彼のような若者こそ、よき伴侶を得て、良き父親、そして上司になって欲しいと心から願います。

2016年10月 1日 (土)

 新プロジェクトの数々がこれからはじまる10月1日。ここから10・11・12の3カ月で自分の人生が変わる予感がします。せっかくなので仲間たちの人生もついでに楽しく変えてしまおうと思います。やったるで。
 珍しく神頼みしたい神妙な心持ちになり、朝から神田明神までお参りに行きました。どうか明神さまが「四半期」にも対応してくれますように。

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2016年9月17日 (土)

夏休み明け、最初の商売人育成CAT塾。2学期初日の先生気分を味わっています。
本日のお題は「努力とは何か?」から。みんな、早く来~い!

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2016年9月16日 (金)

 売上を増やすか、あるいはコストを減らせば儲けが増えます。このうち「コストを減らす」ことに各社必死になっているには理由があります。そちらのほうが「頑張って結果が出やすい」からです。
 「売上を増やす」のは難しいですが、コスト削減は自らの頑張りで可能、そして結果が明確に出ます。よって不況になるとコスト削減のほうが流行るわけですな。

 先日の経験から、プレゼンも同じことが言えるによう思います。自らの頑張りで結果が出やすいところに努力を集中させている。

 まず資料がキレイに作られている。あとプレゼンテーターの話し方、時間配分などはかなり努力のあとが見られる。それは認めます。
 しかし、生まれて初めて3社のプレゼンを聞いた私の感想として、彼らは「一番大切なこと」を見落としていました。売り込みに一生懸命になりすぎて、一番大切なことを忘れていたようです。

 彼らは、「客席の様子をよく観察すること」を怠っていました。

 似たようなプレゼンを聞かされる側は、1社目・2社目・3社目となると、かなり疲れてきます。ならば話す側は、自分がトップの1社目なのか、真ん中の2社目なのか、ラストの3社目なのかによって、話の内容・展開・重点を変えるべきだと思います。
 私ならぜったいに変えます。当日まで順番が分からないのなら、トップ・中間・ラスト、どこに当たっても大丈夫なよう、頭の中ですべての順番についてシミュレーションを済ませてから会場へ向かいます。
 どれだけシミュレーションしても、当日の天気、会場の人数、男女比年齢分布、音響などは、当日そこに行ってみないとわかりません。そこでまた「観察」を行って、話の内容や構成を調整します。
 どっかの誰かが書いていましたが、観察(Observe)からはじめて方向付け(Orient)を行い、決心(Decide)して実行(Act)するOODA、ウーダというやつです。

 「頑張って結果が出やすい」努力に集中しすぎる傾向、そこでの危険は「自己中心的に陥ってしまう」ことにあります。そんな自己中心的、悪いPDCA的なプレゼン・トレーニングでは「客席を観察する」ことが忘れられてしまいます。
 一番の主人公は客席です。芸人プレゼンではそこを忘れてはいけない。くれぐれも自己中心的にならぬこと、気をつけましょう(自戒を込めて)。

2016年9月15日 (木)

 生まれて初めて「プレゼン」を聞きました。マンション管理組合の理事をしている関係で、大規模修繕工事の業者を決めねばなりません。そこで候補3社の「プレゼン」を聞いた上で、我々が1社を選ぶということになった次第。

 「プレゼンを聞いて、その中から1社を選ぶ」
 私はこれまでそんなことをした経験がありません。すこしわくわく。

 定刻になりいよいよ開始。予想していたよりはるかに上手。資料も完ぺきだし、話もなめらか・・・・・と思ったのが1社目。
 そして2社目、3社目、資料もほぼ同じ、話し方もほとんど変わらない。なんでこんなに似ているのかと思うほど、何もかも同じ。
 プレゼンを聞いた結果、一番安いところに決めました。それしか選びようがなかったからです。

 おそらくこんなことがあらゆる業界、日本中で繰り返され、値下げ競争が止まらないのでしょうね。容易に想像ができます。

 それとともに、私が講演したあとに「先生、プレゼンうまいですね」と褒められる理由がよく分かりました。
 上手い下手じゃない、そもそも、プレゼンの「種類」がまったくちがうのです。

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 建設会社にとって、工事を取れるかどうかは死活問題です。それがプレゼンで決まるとなれば、話し方を徹底的に特訓して臨むのでしょう。

 ・余計なことは話さない
 ・時間通りに資料を説明する
 ・服装や髪型は清潔に保つ
 
 そのような「プレゼンのトレーニング」を重ねた結果、ロボットが話しているみたいなのです。おもしろいことなど一言も言わない。言えない。キレイな言葉ばかりで、ぜんぜん印象に残らない。話し手の人間性が見えない。
 そんなプレゼンを「売り込み系プレゼン」と呼びましょう。何かモノやサービスを売り込みたい、その崇高な目的のためにはプレゼンテーターの人間性など、かき消されてしまうのです。
 「売り込みプレゼン」しか知らない人から見たら、私は異常に映るにちがいありません。テーマと関係なく話をする、資料を無視する、持ち時間を守らない。言語道断タブーのオンパレード。

 ただ、私は、その場にいる人に「面白かった、楽しかった」と思ってもらえるよう、それについては自分なりに努力しているつもりです。
 たとえば会計の講座でも「よく分かりました」で終わらせたくない。終演後に「面白かったです」といってもらえるよう、その場、その時間を大切にしています。
 なぜなら「面白かった・楽しかった」と言われれば、こちらもまたやる気が出て、話す(あるいは書く)仕事が楽しくなるからです。
 お客さんを楽しませること・それによってこちらも楽しむこと。そんなプレゼンを「芸人系プレゼン」とでも名付けましょう。
 こっち側で仕事してこれてよかった・・・・しみじみそう思います。その生き方を見せてくれた芸人の友人知人に心から感謝してしまいました。

 これからおそらく大企業の売り込みプレゼンはますます激しさを増していくことでしょう。付き合ってられんわ。
 商売人諸君、話すにせよ、書くにせよ、「売り込みプレゼン」が上手になったらおしまいです。
 自分の言葉で話すこと、自らを表現すること、それを楽しむこと。そんな「芸人系プレゼン」に行かないと、まちがいなく値下げに巻き込まれるぞ、気を付けるんだ。

 

2016年9月13日 (火)

来年1月にJeff Beck日本公演が決まりました。その国際フォーラムにて、これからOODA講演。ロックな気分で突撃。

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2016年9月12日 (月)

 長い休みを経て、さあ、新たな執筆に向かうぞ! と気合いを入れたのが先週。しかし気分が一向に盛り上がりません。
 「なぜだろう?」
 身の回りの情報が多すぎるとの結論に達しました。そこで事務所の本を徹底的に捨てることを決意。それに合わせて本棚の改造工事に入りました。ノコギリと金槌片手に、鼻歌交じりに作業を開始した直後に負傷。家に帰ってからズキズキ痛み出してきた右腕。

 本日、某ビジネススクールの生徒たちから頂いた打ち上げの花束は、お見舞い、兼、船出のお祝いということにさせていただきます。

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2016年9月 1日 (木)

 この夏にたくさん捕まえたわが家のカブトムシは、9月になってもほとんど生きています。なぜか今年捕まえたのはオスばかり。生態系に異変でも起こっているのでしょうか。

 オス&メスのペアで虫カゴに入れたいのですが、どうしても「オスだけ」のカゴができてしまいます。

 この「オスだけ虫カゴ」をのぞいてみると、ツノを突き合わせてケンカばかりしています。お互いの姿が見えないように葉っぱを入れても止まりません。ケンカでストレスが溜まるとみえて、このカゴだけ餌の減りが早いのです。
 どうして君たちは、そんなに争いが好きなのか。不思議でなりません。

 ※あくまでカブトムシの話です

2016年8月31日 (水)

 毎年のように、夏休みには故郷の三重県に帰省しています。今年もそうでした。
 これまでずっと「故郷に帰る」という感覚でしたが、今年は故郷から東京へ戻る際に「帰る」という感覚が強くなった自分に気が付きました。好きか嫌いかは別にして、いまは東京のほうが「居場所」になってしまったようです。

 本日、ずっと海外にいる友人と30年ぶりに再会しました。
 「どっちに行くほうが『帰る』気分になる?」と訊ねたところ、「残念だけど、日本から離れて向こうに行くときかな」とのこと。

 「しょうがないけど、なんだか悲しいよな」

 故郷とは、いつしか物理的な場所ではなく、そこに対する思いであったり、思い出であったり、かつてを過ごした友人であったりするように、変わっていくのでしょうか。
 もしそうであるならば、友人から「変わらないね」と言ってもらえることは、これまでとは違った意味を持ちます。

 「変わらないね」

 簡単に変わっちゃいけません。そのためには変わらないといけません。
 有名なラインホルト・ニーバーの「ニーバーの祈り」の一節、

 神よ、変えることのできるものについて、それを変える勇気をわれらに与えたまえ。
 変えることのできないものについて、それを受けいれる冷静さを与えたまえ。

 これには知られざる後段があります。それは

 変えることができるものと、変えることのできないものを、識別する知恵を与えたまえ。
 
 というもの。
 いつかまた会おう、友人Yへ。

2016年8月30日 (火)

 偉そうに振る舞うことをとても嫌がり、偉そうに振る舞う人が大嫌いだったという永六輔さん。

 台風一過の東京、その永さん追悼「後ろを向いて歩こう会」に参加してきました。大いに笑ったあと、会場のみんなで「夢で会いましょう」を歌っておしまい、参加者に不思議な余韻が残る会でありました。こんなふうに死にたいです。

 それとともに、大好きなあべあきらさんの歌を聴いて、その表現力に刺激を受けます。いかようにも工夫の仕方ってあるんだね。そろそろ仕事したくなってきたぞ!

 明日は、永さんの本とあべさんにサインをもらったCDを聞いて、休日最後の日を過ごします。
 オオタスセリさん、素晴らしい会をありがとうございました!
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2016年7月12日 (火)

 守屋師匠、伊藤隊長と飲んでいた白木屋にOODA本3刷決定のメール届く。
ナスとキュウリ(各288円)大盤振る舞いでっせ。

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2016年6月11日 (土)

 同年代が集まると、必ず「あの話題」になります。男児置き去り事件。おそらく世の親という親は、必ずそれに近い仕打ちをしたか、あるいはしようと考えた経験があるはずです。そんな親は、決してあの事件を人ごととは思えません。

 「しつけ」云々を後講釈で語っても意味がないと思うのです。なぜなら、たとえ我が子でも、罵ったり、叩いたりする瞬間は「憎い」と思っています。私だけかもしれませんが、こっちも生身の人間、叩く瞬間に「しつけ」とは、思っていませんでした。
 「置き去りにして、後で戻ったら居なくなっていた」父親を責められません。確率論で自分に起こったかもしれないし。

 というわけで「本当によかった」としか思えないわけですが、それとは別に、すこし「社会の先行きについて嫌な感じ」を予感しています。

 それは「置き去りにするのはよくない=子どもは守らねばならない」という感覚が過度に強まってしまうことです。例によってリスク回避ってやつ。
 「子どもを守る」ために「置き去りにしなければ良い=安全な場所を確保すれば良い」となると、おそらくその親は、我が子を送り迎えしつつ塾に行かせ、フリーターにしないよう偏差値の高い学校を受けさせるでしょう。就職活動では安全で安定した給料が保証される有名大企業を目指させることでしょう。
 大企業に入社した我が子に対して、理不尽な仕打ちをする会社や上司には、「うちの子に何をするんですか」と文句を言うことでしょう。だって、親は我が子を守らねばならないのだから。

 もちろん子どもを守ることは大切なことです。しかしそれは「ずっと安全な場所に置いておく」ことではないと思うのです。
 どこで我が子を手放して、タフな場所でも生きていけるように自立させるか。これも親の大切な役目にちがいありません。

 だって、子どもたちが大人になって一歩を踏み出す「これからの大企業」は、もしかしたら漆黒の闇に包まれた北海道の森林より危険な場所かもしれないのだから。

2016年6月 6日 (月)

 本日、新刊の初取材を受けました。PDCAとOODAのちがい等について。

インタビュアー「PDCAの欠点って、なんですか?」

私「たとえば子どもが欲しい夫婦がいるとして、狙いを定めた計画通りに実行を繰り返すのって、いやでしょう?」

インタビュアー「それはイヤですね。義務感が漂って」

私「そういうことだよ。愛がないんだよ、愛が」

インタビュアー「よくわかりました。でも、原稿にはできないです・・・」

 というわけで、記事にはならなさそうなので、ここに書いてみました。
 インタビュアー泣かせの著者ですみません。

2016年6月 2日 (木)

 アメリカ講演ツアーも無事終了。デトロイトで襲撃されることも、食い過ぎで倒れることもありませんでした。
 でもいくつかトラブルがありました。まず到着の夜、宿泊予定の某有名ホテルへ行くと「部屋が足りません」。呆然とする我々に向かって「システムが壊れてるんだね」と平然としているフロントの兄ちゃん。
 一瞬、これは夢かと思いましたが、夢じゃありません。
 結局、仲間の一人は別のホテルに回されました。短い滞在なのに、これ以外にも細かいトラブル多数。どうもアメリカという国はいまもなお「おもてなし」を理解していないようです。

 そんなふうな「オレのせいじゃないし」という自分勝手な接客の反面、彼らは「どの会社に勤めるか・どのボスの下で働くか」については日本人以上に敏感であるように思います。
 これは考えてみれば当然と言えば当然であり、「商売が好調な会社・的確に方向を示すボス」のもとで働くのであれば、少々手抜きで接客してもなんとかなりますからね。
 逆にいえば日本の場合、「儲からない商売&とんちんかんな上司」のフォローを現場がすることによって全体が回っている面があるように思います。
 
 だからこそアメリカは今、次の大統領が誰になるかについてホットに議論するのでしょう。「次のボスが誰か」は彼らにとって、重大な関心事。滞在中、伊勢志摩サミットについての報道はほとんど聞きませんでしたが、テレビも新聞も、飲み屋のオッサンたちも、みんなトランプとクリントンについて話しています。
 「良いボス」を選ぶことは、働く上でも、生活する上でも大切なことなのです、いや、ほんとに。

 さて、そんなことを考えるうち、だんだん不安になってきます。
 私自身は、仕事、家庭、その他諸々の集団において「良いボス」であるのかと。
 どうも周りに恵まれすぎて気がするなあ、とバーボンに語りかけるシカゴ最後の夜。
 日本に帰ったら、弟子や家族、みんなに「ありがとう」と伝えてみるか。

 しかし、それは、なかなかむずかしいなあ。

 ・・・・う~ん、やっぱりやめとこう。

 シカゴ帰りだけに、素直になれなくて。

<緞帳下げる、追出し太鼓鳴らす、芝浜改「シカゴ浜」終演>

2016年5月26日 (木)

戦後の転機となった1964年の東京オリンピック。あのとき東京と開催を決選投票で争って敗れた都市、ほとんど知られていませんが、なんとデトロイトなのです。
「俺たちはアメリカの誇り、デトロイトだぜ、ベイビー!」という驕りが裏目に出たか、デトロイトは日本に負けるだけでなく、夏季オリンピックに7回立候補してすべて落選という豪快な記録を持っています。

その後、この輝ける都市はアメ車の転落とともに没落し、とうとう財政破綻しました。いまや全米で最も治安の悪い都市がデトロイトです。
「歩くだけで襲われる」だけではなく「自動車で赤信号で止まったときに襲われる」事件が発生するスリリングさ
そのデトロイトで講演を、というオファーが来て私は思わず興奮。「これは面白いことになった」と2つ返事でOKしました。こんなおいしいネタを見過ごすわけにはいきません。

ストリート・ファイティング・マンの会場乱入に備えて、腕っぷしの強い弟子を帯同し、準備万端で乗り込みました。いざというときは、こいつを置いて逃げれば完璧です。

しかし訪れた場所はあまりに平和でのんびりしています。「どこかにギャングが隠れているにちがいない」と警戒しますが、そんなものはいません。結局、我々の訪れたLivoniaは一般には「デトロイト」と括られているものの、あくまでデトロイト「近郊」ということでした。例えるなら歌舞伎町も東京なら、東村山も東京と呼ぶようなものです。全くの拍子抜け。

肝心のプライシングセミナーには反応の良い皆さんのおかげで無事終了。新刊の米軍ネタへの反応も上々で嬉しい限り。懇親会会場のルビー・チューズデーではミシガンビールを堪能しつつ、現地で活躍する皆さんから沢山のネタを頂戴しました。
グッバイ、ルビーチューズデー、ここを去るのがつらい。

このあとはシカゴに移動し講演だが、移動日が1日ある。さて、せっかくだからデトロイト市街に突っ込むべきか否か!? 一晩寝て考えよう。

(つづく)

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2016年5月24日 (火)

 本日の夕方からしばらく渡米します。出発前に連載やら企画書をすべて片付け、気分スッキリと旅立つはずでしたが、何も終わりませんでした。「帰ったらやります」とお詫びのメールを出しまくっています。関係者の皆さま、本当にすみません。

 今回、渡米の主目的はシカゴとデトロイトのプライシング講演です。昨年夏にプライシング本を出版以来、日本やアジアの各地にて関連の講演を行ってきましたが、今回のアメリカが最後です。

 「情報の豊かさは注意の貧困をつくる」とはバーナード・サイモンの言葉ですが、プライシングについては私自身、これを体験的に証明してしまいました。いろんなネタが増えるにつれ、むしろ混乱が生じています。
 商売人にとってプライシングの重要性はますます高まっているように思います。だからこそ今回の米国でいったん区切りを付け、また原点に戻って考え、整理するところからやり直そうと思います。

 ただ、プライシングに続く「新ネタ」の準備がすでに整いました。
 昨日、この手に見本が届いた新刊、今月末日5/31に発売です。
 20世紀をつくったPDCAよ、さらば。今年後半はOODAで攻めます。
 「無謀な計画と予算から現場を解き放て」どうぞご期待ください。
 それでは皆さん、しばらくさようなら。

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2016年5月20日 (金)

半地元ながら味わったことがない名古屋駅ホームのきしめん「住よし」、やっと来ることができました。

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 そのあとは名古屋の某社社長のお招きでプライシング講演。講演後、新入社員歓迎パーティーまでお邪魔させてもらいました。

 この会社は東証一部上場ながら社員が少なめ。初々しい新入社員を社員全員で歓迎している様子が、なぜか懐かしいです。

 きっと今日の緊張の時を共にした「同期」は、老人になっても今日のことを覚えていることでしょう。同期を持たない私にとって、今日の新人さんたちは本当にうらやましい。がんばれよ、君たち。

 かき揚げきしめんとパーティーでお腹も心も一杯、新幹線の帰り道。

2016年5月19日 (木)

 好況とは、たとえるなら「追い風が吹いている」環境です。そこでは、仕事も人生も、風に乗ってうまくいくことが多い。しかしその成功はあくまで「追い風参考記録」のようなもので、本人の実力に加えて「運」の要素が加わっていることが多いように思います。
 好況を生きてきた我々の世代は、自分の実力と運を見極めて「過信」しないように気をつけるべきであるし、また、若い世代には上手くいかないことを「自分のせいにしすぎない」よう、伝えてあげないといけません。

 批判を承知で書きますと、今の日本で最も「運が良い」生き方をしているのは、「大組織の正社員として働く男性」であろうと思います。
 とくに我々の50歳前後の世代は、てきとうに就職活動して会社に入ってしまえば、あとは自然に出世して給料が上がっていく「追い風」にありました。...
 それに引き替え、今の就活世代のかわいそうなことと言ったらありません。また、男性中心の職場において女性たちが不利な環境に置かれていることも事実だと思います。おそらく優秀な女性たちからすれば、「働かないのに給料の高いオッサン」はなんとも腹立たしい存在ではないかと。
 ・・・そんな仮説をもとに、昨日の女性孫子勉強会では、「逆風・不況時代のふるまい」についてお話ししました。

**********

 数年前、アジア進出する会社のお手伝いをしていた頃、現地の方と仕事する上で「相手の面子(メンツ)を潰さないこと」に留意するよう、アドバイスを受けました。
 これはかなり適確なアドバイスでした。某大陸系の皆さんを筆頭に、アジアの皆さんは「面子を潰される」ことについてかなり敏感であり、その面子のありかを常に観察しないとうまく仕事が進みません。

 しかしこれは別に相手がどこの国の人だろうが、男だろうが女だろうが、年寄りだろうが若かろうが変わらない話でありまして、「相手の面子をつぶさない」ことは人間関係においてとても重要なことです。

 さてここで、「働かないのに給料の高いオジさん」に不満を溜めている日本の優秀な女性たち。彼女たちに「あなたがたは、職場の男性(あるいは夫)の面子を潰すまでやりこめていませんか?」と訊いてみたのです。
 すると、出るわ、出るわ(笑)。やりすぎて会議を外されたり、グーパンチで殴られたり(なんと実話!)。

 孫子の兵法にいわく、「囲師(いし)には必ず闕(か)き、窮寇(きゅうこう)には迫ること勿(なか )れ」。敵を包囲したら必ず逃げ道を開け、窮地に追いこんだ敵に攻撃を仕掛けてはいけないという教えです。自らの理屈や正義感、あるいは自分の美意識を振りかざして、相手を追い詰めすぎてはいけません。
 私の経験上、日本女性は限界まで「おしとやかに我慢」する人が多いのですが、最後の最後、感情的に爆発したときの破壊力は世界でも随一です(?)。「もうちょっとうまくやりましょうよ」というわけで、非常に教訓にとんだ勉強会でした。
 私自身、かなり相手をやりこめてしまう性格なので、人生の後半戦、「窮寇には迫ることなかれ」は肝に銘じています。「相手の面子を潰すまで追い詰めないこと」、男も女も、老いも若きも、気をつけましょうね。

2016年5月17日 (火)

 何回か「不況の風景」について書いたところ、予想を上回る反応があり、「やっぱりな」という思いを強くしています。
 努力が報われにくい不況になると、自ら上に行く努力を放棄して、他人の成功をうらやむ人が増える。新しいことをやろうと一歩踏み出す人に対して冷水を浴びせる人が増える。
 また、自らの立場が強いと見るやいなや、傍若無人にふるまう「客」や、学校の先生に無理難題をふっかける「モンスター・ペアレント」はこれからも増え続けるでしょう。

 そうした「下に見る人」が多くなる世の中では、これまでの好況時とはちがった「資質」が求められるように思います。それはズバリ、「悪口や非難にめげない心」でありましょう。

 人は誰しも悪口を言われたくないし、言われれば傷つきます。ふだん偉そうに振る舞っている著者の多くも、アマゾンの書評で悪口を書かれれば腹が立つし、一生懸命に書いた内容にケチを付けられれば傷つきます。
 ただ、悪口を言われることは「動いた証拠」でもあるわけで、それにいちいち落ち込んでいては心がもたないし、悪口や非難をおそれるばかりでは、動けません。

 好況時には「動く=自らを高める努力」だけでよかったですが、これから不況が続くとすれば、それに加えて「叩かれることについてのタフさ」が必要になります。
 これからは「めげないつよさ」が必要です。それは固い枝のような「強さ」というより、しなやかで折れにくい柳のような「靱さ」。子どもたちにも「成功に向けた方法論」だけでなく、「失敗にめげない靱さ」を教えてあげるべきではないかと。失敗してもめげないこと、チャレンジそのものが貴重であることを教えること。それが人に対する優しさにつながるのではないかと思うのです。

 そのためにまずは自分が悪口に負けずに笑顔でいること。けっして客として偉そうにふるまわないこと。前向きにチャレンジしての失敗は歓迎すること。
 「手軽な成功」や「下に見る」ことを止めて、「靱い大人」を目指そうと思います。オレは動くぞ、という中年の誓いです(?)。

2016年5月16日 (月)

土曜日に行った久しぶりのBBQはいいとして、そのあと釣り堀でのボウズは親子ともども納得できません。

 「都会の魚は、性格が悪いんじゃないか?」
 「たぶん田舎の魚のほうが、性格が素直で良く釣れるぞ」

 というわけで、負けず嫌い親子は今日も片道4時間の田舎の高原まで出掛けて釣りしてきました。やっぱり田舎の魚のほうがサービス精神旺盛でよく釣れました。
 また最近のサービスエリアは、江戸時代みたいになっていることも知りました。
 暇人の生活には学びが多いです。

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2016年5月12日 (木)

 たくさんの反応を頂いた「ニッポン・不況の風景」の続き。
 景気が悪くなると努力しても結果が出にくいので、自らの努力を止めて「他人の足を引っ張る」輩が増えます。目立つスポーツ選手、政治家、芸能人たちの「どうでもいい失敗・ミス」は彼らにとって格好のネタ。成功者のアラを探し、こき下ろすことによって、「平凡な人生が一番」「何もしないほうがいい」と自分を慰めるわけです。テレビカメラに向かって「舛添、許せねえ!」と叫んでいる新橋のオヤジは、まあ、いいです。叫ばせておきましょう。
 ただ、そのような「アラ探し野郎」が仕事場に登場しはじめると大変。これはチームにとって非常に害が大きい。ゴキブリよりも早めに駆除しなければなりません。

 この国では、ずっと年を重ねることは「良きこと」とされていました。たとえば、江戸時代の「家老」といえば偉い人です。老中から偉くなると大老、「大老」が一番偉いのです。ではどうして年寄りが偉いかといえば、それはやっぱり「もの知り」だからでしょう。仕事のやり方、人間関係の調整、米の育て方、などなどお年寄りは仕事・生活のあらゆる経験と知恵をもっています。お年寄りは若い人にとって頼りになる存在だったのです。

 しかし昨今のネット環境は、「もの知り」の情報優位性を一気に破壊してしまいました。いまやお年寄りに聞かなくても、さまざまな情報を手に入れることができます。また世の中の環境が激変したことで、過去の経験や知恵が役に立たないことが増えてきました。
 こうなると「お年寄り・上司・お父さん」は大変。
 お年寄りは若者に対して「なぜ自分は尊敬されるべきか」を説明しなければなりません。
 上司は部下に対して「なぜ自分は偉くて給料が高いのか」を説明しなければなりません。
 父親は娘に対して「なぜ自分はいつも威張っているのか」を説明しなければなりません。
この説明がすべて難しくなってきているように思います。

 ここで年を取った人間には、開き直る、すねる、しがみつく・・・いろんなバリエーションがあるようです。
 もっともタチの悪いのが「下のアラ探し」をすることで自分の存在意義を示そうとする年寄り。会社で言えば、会議にて、若い人から出された企画書や提案に「ケチを付ける」ことで「オレは知っているんだぞ」と威張るオッサン上司です。

 さんざんケチばかり付けるくせに、「じゃあ、教えてくださいよ」と訊いても、何も出せない「文句付け」専門。「ケチを付ける=他人を下げる」ことでしか自らの存在を示せない上司、これは最低最悪です。しかも恐ろしいことに、好況から不況への転換に伴ってこれが確実に増えてきています。

 芸能人や政治家の批判で終わればいいのですが、「自ら努力しない輩」のアラ探しは、必ず弱い立場の「部下・子ども」などへ向かい、彼らの創造性とやる気と未来を奪います。残念ながら不況に伴って、これからそんな輩が増えていくことでしょう。
 人のアラばかり探すようになっちゃ、人生はもうおしまいですぜ。気をつけましょう、皆の衆。

2016年5月10日 (火)

 いささかの不謹慎を承知で書きますと、私は「不況」になると何が起こるのか、少々ワクワクしながら世の中を眺めています。なにせ世代的には高度成長時に生を受け、日本が経済大国になるに合わせて大人になりましたゆえ、物心つくまで「不況」というものを知りませんでした。

 はじめて経験する「好況から不況への転落」、そこではどんなことが起こるのか、いろんな仮説を立てながら世の中を眺めています。
 貧富の差が拡大すること、そして治安が悪化すること、ここまでは誰でも予想ができます。
 不正会計、粉飾、杭打ち偽装、燃費の偽装、ここまでも十分に予想の範囲内です。きっと、まだまだ出ますぜ。

 しかし、予想できなかったことも少しずつ表れ始めています。
 私は日本人がここまで匿名の揚げ足取りや他者非難を行うとは思いませんでした。
 人が「上へ行く」には、自ら努力して上へ行くことと、相手を下げることの2つのやり方があります。どうやら好景気には前者の「自ら上へ行く」努力が好まれ、不況には「相手の足を引っ張る」ことが好まれるようです。

 私も自分ではかなり正義感の強い人間だと自認していますが、最近、この「正義感」にうんざりすることが増えました。
 「それって、人としてどうなんだ」という物言いの多いこと多いこと。芸能人の不倫やスポーツ選手の賭博は、よってたかってこの「正義感」で叩かれます。
 自分が努力しても上に行けなくなると、社会全体が成功する人・チャレンジする人の揚げ足を取るようになるようです。
 また、そうした正義感の強い人をよく観察すると、必ず「安全な場所」から発言していることがわかりました。匿名でえらそうな発言をする(アマゾンを見よ)、安定した給料や親の用意してくれた自宅を確保しながら「人として」を連発する。

 安全な場所に隠れて正義感ぶってばかりいると、へんな空気が漂いはじめます。「ウィン・ウィン」が口癖になって、なんでも「バランスを取ろう」と結論づけます。そんな生き方していると、まじで早く惚けるぞ。

 仕事が一区切りついた今、うそっぱちな正義感など捨てて、もう1回安全でない場所に降りていって勝負してみようかなと思い始めました。不況こそ守りに入ったら危ない。それに、やっぱり人の悪口言って過ごすより、言われるほうが気持ちいいしね。

 それにしても興味深い「好況から不況への転落」。生活といいビジネスといい、毎日のようにネタが降ってきます。

2016年5月 9日 (月)

 結局GWは掃除と、買い物の付き合いだけで終わりました。SNSで「他人の幸せ」を見ながら我が身の不幸を嘆く人がいるそうですが、私がまさにそれでした。

 今日は昼間に仕事を片付け、夜はシモキタに行って久しぶりのスセリさんライブで笑える幸せ。それにしても当時小学生だった娘と「ストーカーと呼ばないで」をFMで聴き、あまりの衝撃に共演をお願いに行ってからもう10年かあ。ちょうど新刊でスセリさんとの思い出を書いたところ、まさか10年経っているとは思いもよらず驚きました。

 GWは不幸せでしたが、この10年で自分も家族も仲間も笑うことが増えてきたように思います。まあ、それだけでいいんじゃないかと自分を慰めています。

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2016年5月 6日 (金)

 「今日はお休みですか?」というご挨拶が多い昨今、てきとうに「はい、そうです」と答えてはみるものの、もの書きに休みなどありません。
 それでも「区切り」だけはあります。本日は新刊の校正原稿を渡して解放されました。このゲラが表を向いて製本され、書店さんに並ぶのは来月の頭になりそう。
 そんなわけで明日と明後日はまじで久しぶりの「連休」。2日休みもらえただけで、もう嬉しくて死にそうです。

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2016年4月17日 (日)

 我が家の洗濯機がとつぜんぶっ壊れました。でもよく考えたら、20年以上使っています。メーカーさん、「もたせすぎ」ではないだろうか。新品をネットで注文し、翌日に届いて事なきを得ました。なんと便利な世の中なのでしょう。しかしあまりにも「便利すぎ」ではないだろうか。

 写真は本日見かけた懐かしのジューク・ボックス。我が子は「1曲聴くのにお金掛かるなんて信じられな~い」とほざいております。たしかに君たちには、これにコインを突っ込む瞬間のわくわく感はわからないだろうな。
 21世紀のここまで「もちすぎた」ジューク・ボックス、「便利すぎ」な今でも、もちろん現役です。
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2016年4月15日 (金)

 新刊の原稿を書き終えました。飲む元気どころか、もう歩く元気すら残っていません。改めて読み直してみると、「誰が読むんや、これ」と、疑問の本になりました。どんな読者層なのか、よくわかりません。書店の方はどの棚に置けばいいのか悩みそうです。こういう本を書いちゃいけないんです。商売の基本がなっていません。
 
 同世代の勤め人たちは「転勤」や「転籍」やらで、てんやわんやの様子。それを大変だなあと思いつつ、誰かに人生を決めてもらえることを、少しだけ羨ましく思います。私のような自由業は、すべてを自分で決められる反面、自ら動かないとその場所からずっと動くことができません。

 今回の本は、お客や版元はさておき、己にとって「動いた」と言える本にはなりました。それだけは胸を張れます。それだけで十分です。

 一人疲れた晩酌は小島屋のジャイアントコーンとともに。塩味が疲れに沁みるぜ。
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2016年3月24日 (木)

 冬から春への移り変わりは、1年でもっともしんみりと胸が騒ぐ季節です。わざと桜に合わせて3月を区切りにしたのではなかろうか。
 わが人生を懐古しているうち、とうとう我が家最後の小学生が、本日小学生でなくなりました。なんとも寂しいです。
 父親だけが感傷に浸っている我が家にその日、1枚のハガキが届きました。6年前に卒園した幼稚園から「小学校卒業おめでとう!」。ちょうどその日に合わせるなんて、泣かせるじゃありませんか。本当に泣くかと思ったわ。

 そういえば住宅ローンを返し終えて一人乾杯したとき、銀行から「卒業おめでとうございます!」なんてハガキが届くことはなかったなあ。届いたらずっとその銀行と付き合ったのに。
 他行の住宅ローンを横取りする山口組抗争レベルの低金利争いはするくせに。いまどき暴力団同士のほうがよっぽどお互いの縄張りを守るで。

 やっぱり心のひだがあるかないかやねえ。ものごとに対する感受性があるかないか。もう頭の良さはいいから心のひだを増やさないといけません。仕事も恋愛も人生も。
 そんなわけで今日は自宅で、しんみり1人でニッカで買ってきたモルトで乾杯します。桜咲く季節、どうぞ皆さまも良い夜を。

2016年2月24日 (水)

 きのう編集者に教えてもらった日経の新刊「戦略にこそ戦略が必要だ」。そこにあったボストンコンサルティング・戦略パレットをさっそく女子孫子勉強会で試してみました。

 「旦那の行動は予測できるか・できないか」「旦那は変えられるか・変えられないか」。この4区分でヨメ戦略を考えてみる・・・ところがあまり話が盛り上がりません。しかし、
 「上司の行動は予測できるか・できないか」「上司は変えられるか・変えられないか」。
 このあたりからがぜん盛り上がりはじめました。

 面白かったけど悩みは深まった。男はつらいよ。
 御立さん、どうもすみません。

※「戦略にこそ戦略が必要だ」マーティン・リーブス他著、御立尚資監訳 日本経済新聞出版社

2016年2月22日 (月)

 原稿に苦しみつつ、ネットで調べていたら某大手サイトで「どんぴしゃ」の記事を発見。ふむふむと感心しながらページをめくっていくと最後に自分の名前が出てきました。
 書いたの10年前のオレやん。ドラえもんに助けられた気分です。

2016年2月17日 (水)

おもしろくも楽しくもないし、せめてうまいステーキでも食おうかと狼強盗(仮名)に行ってきました。

 久しぶりに「見栄消費」全開、これは懐かしい雰囲気だ。
 見栄消費とはアジアのスタバ等で見られる「スタバで高いコーヒー飲んでるんだぜ、俺」みたいな消費行動をいいます。
 実利でなく見栄の消費にもっていければ、かなり高いプライシングが可能です。しかもお客さんは喜んで払ってくれる。

 ステーキ店は平日の5時台でまあまあの入り。6時過ぎにはもう満席。昔の豪遊とはちがって見栄消費は早めに開始される模様。バブルの頃は金持っている奴の羽振りが良かったけど、いまの時代は「時間」持っている奴が余裕かましているんだね。
 ふ~ん、と感心していてステーキの味忘れた。

2016年2月14日 (日)

 息子がしょんぼりしているので訊ねたところ、お姉ちゃんたちにもらったチョコレートを一気食いして「だから太るんだよ」と責められたらしい。

 「プレゼントなのに怒られるなんて」と納得できない気持ちはよくわかる。
 女という生き物は甘いばかりでなくときにほろにがい。チョコレートに似てそれが味わいなのだ。大人になれよ。

2016年2月 7日 (日)

1 大組織で出世するためにどんな能力が必要か?-これはあちこちで教えられています。
2 小さな組織の立ち上げにどんな能力が必要か-これもまあまあ教えられています。
3 小組織同士でネットワークを組むにはどんな能力が必要か?-これはほとんど教えられません。

 いま急に3の重要性が増しているように思うのです。
 小さな個人や組織同士がうまく組むために必要な能力。私がみたところ、これは1や2とはまったく違う能力です。  ときに1の能力を高めた人は、必然的に3の能力を失うことになります。だから「早期退職や定年後に独立して失敗する人」が多いのです。
 「ネットワークを組む」って、みんなが言うほど簡単ではありません。いくつかの資質が必要です。同業同士のネットワークが失敗するのはなぜか、どうして男性は共感ネットワークづくりがへたなのか。
 そんな話を昨日「男と女の心理学」講義で話しました。
 みんなの反応と余韻で、今日は頭がぐるぐるしています。ゆっくり時間を取って考えてみたいテーマです。

2016年2月 6日 (土)

 クレジットカードで買い物しようとしたらカードが使用不能。カード会社に問い合わせてみたら「詐欺のおそれあり」として使用を止めたとのこと。身に覚えのない「nanacoポイントへの移行2万円」がネットで指示されたそうです。

 よく止めてくれました。カード会社えらい! 人ごとだと思っていたら、あるんですね、こういう事。もちろんこちらへの請求はされないそうです。

 それにしてもいつの間に抜かれたんでしょうか。あやしい店に行った覚えないのになあ・・・・・と、行ってますわ、オレ。
 これからはちゃんとカード明細を確認しようと思います。皆さんも気をつけましょう。

2016年2月 5日 (金)

 出張が落ち着き、やっと待望の執筆生活に入っています。ずっと書きたくてうずうずしてました、次の新刊。
 ただいまのところ「筆が進まず」ではなく「分量が進まず」。書いては消し、書いては消し、組み替えてまた書き足しては消し。どれだけ書いても一向に進みません。新テーマだし色々と挑戦したい欲がありすぎまして。まあ、それが好きだからいいいのだけど。
 
 書きながら、これまで舞台で共演させていただいた芸人さんたちを思い出しています。オオタスセリさんのじわっとくるコント、神田京子さんの表現の幅、喬太郎さんの味わい深い飛んでくる形容詞チョイス、晴の輔の明るさ・・・。

 いろいろ感じたこと、教わったことを活かしたい思ってはみるものの、ビジネス書で表現するのはなかなか至難のワザ。でもあきらめません。
 別に代表でもなんでもないけど、芸人仲間たちの面白さを世間にお伝えすべく、期待を背負ったつもりで勝手にがんばってます。

 でもあまりがんばりすぎると出口が見えなくなって覚醒剤に手を出しそうなので、あと1ヶ月と期間を区切って終わらせるつもりです。桜の咲くころには発売できるといいな。

2016年2月 3日 (水)

 かなり年を食った「迷える子羊」生徒たちと打ち上げの会食。すでに大企業に勤めていながら学ぼうとする彼ら。なぜ彼らは大人になっても学ぼうとするのか、なぜわざわざ足下が不安定になる学びを求めるのか。

 それはきっと「頭が良い→金が稼げる→幸せになれる」という三段論法的な常識が崩壊していることに気が付いたからです。
 「自分はこのままでいいのか」
 既存の大組織的価値観のなかで悩み苦しむ彼らがまぶしく見えます。私は「敗北を消化できずに悩み苦しむ」彼らが本当に羨ましい。

 たしかに人生には「負けたくない」と思う時期があります。負けたときにそれが消化できず苦悶する時期がある。ただ、今の私はそれを羨ましいと思ってしまうのです。

 いつかきっと君たちにもわかる。敗北を消化するより、勝利を消化することの方がずっと難しい。強い立場になったときにどう振る舞うか。勝利の消化の仕方によって、自分の「人となり」が決まってしまう。それはそれは恐ろしいことなのだよ。

 年をとった若人たちよ、きちんと「敗北の消化」をするのだ。そのあとで「勝利の消化」に悩んだら私に声を掛けてほしい。そのときオレがまだ生きていたら一緒に悩もう。

 負けず嫌いの君たち、その将来に幸あれ!

2016年2月 1日 (月)

 講演やセミナーで私の「経営がみえる会計」を手に受講される方がいらっしゃいます。さいきん少々気になるのが古い版をお持ちの方が多いこと。
 この本は17年前の出版から版を重ね現在「第4版」。昨日アマゾンの「キャッシュフロー」部門を見て驚いたのが、初版・第2版・第3版・第4版がすべて20位以内にランキングされていた事実。

 AKBなら複数のヒットチャート入りを喜べるのですが、これは少々複雑。いちおう新しい本を出すときには「過去のものは流通しない」ことを前提に書いているからです。
 なんとなく過去につくったトンカツが世の中に流通しているような、申し訳ない気持ち。

 たのむから一番新しいの買ってください。トンカツと同じで新しい方がうまいです。

2016年1月23日 (土)

 本日帰国後初のCAT塾。みんなの顔を見てやっと日本に帰ってきた気がしました。

 アジアツアーに帯同した小春がレポート書いていますのでそちらも見てやってください。
 これです→ https://www.facebook.com/cpa.tanaka

 写真はアジアツアー思い出フォト。
 ツアー中、各国各地で外国人から指差され、微笑みを誘ったのは、このTシャツを着ているときでした。
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2016年1月20日 (水)

 若き頃、新聞社の仕事に行き詰まったドラッカーは、上司の「窓の外を見よ」とのアドバイスで開眼したそうであります。

 今回のプノンペン&バンコクプライシングツアー、改めて自らに「窓の外を見よ」と言い聞かせる機会となりました。
狭い常識に縛られて、そのくせネットに繋いだだけで分かったつもりになっている私たち。

 プノンペン&バンコクの商売人の皆さんのおかげで、刺激的な「窓の外」を見ることができました。たくさんのネタや気づきや勇気をありがとう!

 最後の夜、今日はホテルの部屋のカーテンを全開で休みます。帰国しても「窓の外を見よ!」と自分自身に念じつつ。

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