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2016年5月17日 (火)

めげない心

 何回か「不況の風景」について書いたところ、予想を上回る反応があり、「やっぱりな」という思いを強くしています。
 努力が報われにくい不況になると、自ら上に行く努力を放棄して、他人の成功をうらやむ人が増える。新しいことをやろうと一歩踏み出す人に対して冷水を浴びせる人が増える。
 また、自らの立場が強いと見るやいなや、傍若無人にふるまう「客」や、学校の先生に無理難題をふっかける「モンスター・ペアレント」はこれからも増え続けるでしょう。

 そうした「下に見る人」が多くなる世の中では、これまでの好況時とはちがった「資質」が求められるように思います。それはズバリ、「悪口や非難にめげない心」でありましょう。

 人は誰しも悪口を言われたくないし、言われれば傷つきます。ふだん偉そうに振る舞っている著者の多くも、アマゾンの書評で悪口を書かれれば腹が立つし、一生懸命に書いた内容にケチを付けられれば傷つきます。
 ただ、悪口を言われることは「動いた証拠」でもあるわけで、それにいちいち落ち込んでいては心がもたないし、悪口や非難をおそれるばかりでは、動けません。

 好況時には「動く=自らを高める努力」だけでよかったですが、これから不況が続くとすれば、それに加えて「叩かれることについてのタフさ」が必要になります。
 これからは「めげないつよさ」が必要です。それは固い枝のような「強さ」というより、しなやかで折れにくい柳のような「靱さ」。子どもたちにも「成功に向けた方法論」だけでなく、「失敗にめげない靱さ」を教えてあげるべきではないかと。失敗してもめげないこと、チャレンジそのものが貴重であることを教えること。それが人に対する優しさにつながるのではないかと思うのです。

 そのためにまずは自分が悪口に負けずに笑顔でいること。けっして客として偉そうにふるまわないこと。前向きにチャレンジしての失敗は歓迎すること。
 「手軽な成功」や「下に見る」ことを止めて、「靱い大人」を目指そうと思います。オレは動くぞ、という中年の誓いです(?)。