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2016年3月 9日 (水)

「落語に人材育成を学ぶ」講演を終えて

 経営学習研究所「落語に人材育成を学ぶ」セミナー終わりました。
 セミナーの様子は、こちらでご覧ください。

 弟子・小春のレポート:
https://www.facebook.com/cpa.tanaka/photos/a.417174691658831.89054.334710183238616/1033937983315829/?type=3&theater&notif_t=like
 東京大学中原淳先生のレポート:
 http://www.nakahara-lab.net/blog/2016/03/post_2572.html
 

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 会を終え、打ち上げも終え、とぼとぼ考えながら歩いていたら終電を逃してしまいました。本日「落語に人材育成を学ぶ」にご来場の皆さま、どうもありがとうございました。
 今日は主催者、参加者、それぞれにそれぞれの感想を感じていただけたのではないでしょうか。今日はそのように「一様でない」感想でいいのだと思います。

 私もお招きいただいた立場として複雑な思いで帰路につきました。立川晴の輔(旧・志の吉)との初公演を確認したら11年前でした。
 あのJALビル(旧名称)での初公演は忘れられません。私は人生で一番緊張した講演でした。緊張すると話しながら呼吸ができなくなることをあのときはじめて知りました。

 自分の前に出た落語家さんがアウェーで苦しんでいるのを見たときの申し訳なさ、こんな企画をやるんじゃなかったという後悔、その場から逃げ出したくなった緊張。本当に懐かしい思い出です。それを思えば今日の余裕はどうですか、彼も私も(笑)。それとともに、この11年オレは何をしてきたんだろうかとうなだれる自分がいます。

 今日の話の趣旨とは裏腹に、立川流・晴の輔の話を聞きながら師匠がいるって本当に羨ましいなと思いました。
 中原先生は大学院もそんなもんだと仰っていましたが、だとしたらそちらも羨ましい。
 私はずっと師匠のない自力で独学の道を歩んでしまったため、誰も怒ってくれる人がいませんでした。これは短期的には楽なのですが、長期的にはすごく不安なのです。

 一番不安なのは自分が師匠になったとき、良き師匠のイメージ像がつくれないこと。
 やはり「良き師匠」になれる条件があるとしたら、それはたったひとつ、自分が「良き師匠」を持つことに尽きます。
 最近私は「先生」と呼ばれることが増え、「師匠」と呼ばれることも多くなりましたが、それに自信が持てない理由が今日よ~くわかりました。

 とはいえ、自分が歩んできた道だからいまさらしょうがない。もう諦めるしかない。
 それと同様に私の生徒たちそして弟子たち、君たちもしょうがない、すまんが諦めろ。