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2011年11月30日 (水)

11月終わりの日はAerosmith、東京ドーム。娘と行くはずだったが「忙しい」とのことで急遽、元ロッカー会計士の後輩と一緒に。最近の中高生は何かと忙しいのだ。そして最近の会計士は何かとヒマなのだ。

 昔ほどスティーヴンの声が出ないのと、腹回りが出ているのは気にはなったがそれでもAerosmithは素晴らしい。
 kissもAerosmithも、演奏もキャラクターもさることながら、やっぱり楽曲がいい。英語の苦手な日本人でも口ずさめて盛り上がるナンバーをたくさん持っている。kiss、Aerosmith、Queen・・・・、日本で爆発的に火が付いたバンドが世界的に売れる理由は「楽曲の素晴らしさ」ではないか。

 見かけが格好良くて、人柄が良くて、演奏がうまくて、商業的に優れているバンドはたくさんある。しかし「楽曲の制作力」と「売れない時代を過ごした自力」は大切だ。
 ちなみにAerosmithの4枚目のアルバム「Rocks」はホントにすごかった。
 それまでのアルバムに比べて、「Rocks」の吹っ切れ感、時間がない中で勢いで作った感じが最高だった。
 学生時代あのアルバムを何万回聴いたことだろう。あのアルバムさえなければオレももっと勉強して、いまごろ出世していただろうに。
 今日も「Rocks」から何曲か演奏されたが、イントロだけで鳥肌。

 さて明日から12月。考えを変えてゴチャゴチャ考えずにたくさん「楽曲」をつくってみよう。演奏のテクニックもライブの会場も告知もマーケティングも収益性もなにもかも楽曲を作ってからの話だ。自分のなかの「Rocks」目指して楽曲つくるとしよう。

P.S. 本日より全国セブンイレブンにて「数字力」なんとかという私の新刊本が発売されています。新刊ですが「Rocks」ではなく、ベスト盤的な本。ムックというのはA4サイズくらいの大きめの本です。エロ本を隠してレジに持っていくのに最適なサイズです。

2011年11月28日 (月)

 後輩Xからさっそく「今週末の土曜にブエナビスタの祝勝会やりますのできてください」とメールでお誘い。さすがデキる後輩はちがう。早い。「金は天下の回りもの」を実践するところが本物だ。今週の土曜はSWAを見に行く予定だったが仕方がない。またその日は自分の馬が小倉のメインレースに出る予定で小倉遠征を考えたがこれも断念だ。幸せは分かち合うことが大切なのだ。

 すこし前のマンガで「直近出会った10人の年収平均が、あなたが転職して得られる年収上限」という話があって妙に納得した。いまふうに言えば「直近メールした10人の平均年収が、あなたが転職して得られる年収の上限」ということになろう。Xのおかげで「オレが転職して得られる年収」の上限がぐっとアップしたぞ。

 しかし「年収」に馬主としての稼ぎも入れていいのだろうか?
 ・・・・・いいに違いない。なぜなら仕事より株よりFXより「馬で稼ぐ」のはすさまじい「引きの強さ=強運」が必要だからだ。
 麻雀も競馬も知らなかったXに「引きの強さ」をこんこんと教えた甲斐があった。先輩としては本当に嬉しい。えらいぞ後輩X。

 それにしても彼の馬ばかり強くてオレの馬が走らないのはどういうわけだ。
 そして「転職したときの年収」って、オレは一体どこに転職すればいいのか。
 その答はいまだ見つかっていない。

2011年11月27日 (日)

 ジャパンカップ。後輩Xの出資馬ブエナビスタが久しぶりの勝利。
 岩田もあんなスローペースをよく我慢したし、抜け出してから馬の根性も立派だった。
 かなり泥くさい勝ち方だったがこれぞ競馬の醍醐味。本当におめでとう。
 昨年、あの悪夢の降着から雪辱するとは人馬ともにすごいぞ。

 ・・・・と、ここまで「勝利おめでとう!」という健康的な気分だったが、夜のニュースでブエナビスタの獲得賞金が14億円を超えたと聞いて気が変わった。
 X、早くおごってくれ。あまりガメるとよからぬことが起こるぞ。
 年内とはいわない。有馬記念もいただいて1月にパーッと行こう。誘いを待つ。

2011年11月25日 (金)

 私の場合、「喜・怒・哀・楽」のうち「哀と怒」の結びつきが強いらしく、哀しい気持ちがなぜか怒りに結びついてしまう。父親が死んだときも哀しいと同時に腹が立っていた。
 遅く起きてテレビをつけるとワイドショーは立川談志、スポーツ新聞もトップはほとんど立川談志。友人Sから「立川談志のCD買いたいんだけど何を買えばいい?」とメールがくるに至っては理由なく怒り心頭。銀座の山野楽器でCDぜんぶ買って聞け、S。

 酔ってはいるがここはあくまで冷静に・・・・。
 家元・立川談志は落語界において「差別化戦略」に成功した人物ということになろう。
 落語家でありながら落語界におさまらない地位を確立した。
 「落語が聞きたい」→「談志の落語が聞きたい」→「談志が聞きたい」
 このようなプロセスで差別化を達成。近年の安易なビジネス書の用語に従えば「自分ブランドを構築した」ということになろう。

 このようなプロセスは落語家に限らない。
 ラーメン屋であろうがインターネットショップであろうが会計士であろうが、
 「ラーメンが食いたい」→「○○屋のラーメンが食いたい」→「○○屋に行きたい」
  という存在になることがブランド力の構築なのである。こうしたブランド力を構築してライバルと差別化できれば、値下競争に巻き込まれることもない。
 ・・・・そんなことは小学生でもわかる。
 問題は、そのプロセスが現実的にどれだけ困難であるかということだ。

 まずは、自分でなく「落語」を聞きたい客を満足させる実力。
 そのうえで「談志」を聞きたい客をも満足させる実力。
 落語を聞きたいお客さんと、談志を聞きたいお客さんの両方が会場にいて、その両方を満足させるバランス。

 ラーメン屋がラーメンをつくれること、会計士が会計をわかっていること、落語家が落語を話せること。そんなことは当たり前として、そのなかにどんなメッセージを込めるべきなのか。何を求めるべきなのか。

 もともと「誰かに命令される」ことに耐えられない私はサラリーマンになれず、会計士になっても勤め人になれなかった。
 しかし独立してもまた「客に命令される」がごとき状況に耐えられなかった。自営業でも自由業でない人生。自分の差し出す時間と従順さの引き替えにしか報酬がもらえない人生。
 それにまたイヤ気が差しつつ、このまま仕事がなくなって野垂れ死ぬかと不安になった。あるいはなんだかんだ理由を付けて、その実、自分は怠惰なだけではないかと疑った。
 あのころ数年間、前で戦ってくれている先輩は皆無だった。

 たまたま縁あって落語に出会い、何人かの落語家さんを聞くうち談志に行き着いた。
 世の中が耐震偽装のニュースで騒がしかったころ。よみうりホール。
 ヒューザー・姉歯ネタのまくらをすこし聞いただけで、談志は「戦い続けている」人だとわかった。嬉しくて人生の視界が一気に開けた。
 この人はどういう人なんだろう、この会場の「客のレベルの高さ」はどういうことだ。その疑問と謎はそれまでにないファイトに繋がった。

 ファンから褒められても自分自身を謙虚に保つこと。
 アンケートで貶されてもめげすに傲慢を保つこと。
 そんな謙虚と傲慢の間にやっと見えてくる「自信」。
 その前提として「商業的に成功」しておくこと。さらには自分自身が「楽しむ」こと。
 これらすべてを達成した立川談志はすごいと思うし、他に見当たらない存在だと思う。
 しかも弟子まで育てているところが本当にすごい。

 ・・・・・と、ここまで。
 談志師匠が逝ってしまった後、なにをどう考えても我が身を振り返るに腹が立つばかり。
 しかしこの「怒」こそが「哀」でななく、いつか「喜」と「楽」に変わると信じ、もうしばらく耐えてみよう。合掌。

2011年11月24日 (木)

後輩の結婚式に出席し、鼻歌交じりで帰宅したところ談志師匠が亡くなったとの知らせ。年末のこの季節は喪中ハガキに無情を感じることが多いが、とうとう家元も逝ってしまった。
 数年前よみうりホールで初めて見た家元の落語に「人前で話すとは、こういうことだったか」と頭をブン殴られたようなショックを受けた。振りかえるとあの頃から自分も「甘えていてはいかんな」と考えるようになり、人生が変わってきた気がする。
 
  死んだとき、あの世には何も持っていけず。
 せめて家族にカネを残すくらいがせいぜいの人生。
 カネでない「何ものか」を残して死ねる人間はほんのひとにぎり。
 きっと残されたお弟子さんたちが「何ものか」を受け継いでいくのでしょう。

 自分は「何ものか」どころかカネすら残せそうにないな、と夜空を見上げる。
 星も見えない夜。密葬でかけられたというザッツアプレンティを聴きながら酒を飲む。

2011年11月20日 (日)

 嵐のような仕事ラッシュが一区切り。「ふつうに忙しい」日々に戻ることができました。
 疲れすぎて前向きになれない気分に野球の日本シリーズはぴったり。ほぼ毎日観戦したうえ、ナゴヤドームにて生観戦も体験。
 初めて訪れたナゴヤドーム内の雰囲気が東京ドームとそっくりなのに驚く。これはぜったい同じ設計者・製作者であろうと推測。

 ドラゴンズ戦を生で観戦するのは中学・高校のとき以来ということは30年以上のホーム観戦ということか。

 あのころはスタンドでタバコを吸っているオッサンたちがいた。
 整然とした応援もなければ、ケータイで写真をとっている人間もいなかった。
  昔とはまったくちがう球場の雰囲気に驚いてしまった。

 中学・高校のころ、同じドラゴンズファンのオヤジと2人で応援に行ったナゴヤ球場。
 あのころはどうしてオヤジが自分を誘うのかわからなかったが、今はそれがわかる年齢になってしまった。
 それがこの30年の変化といえば一番大きな変化だろうか。

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 ホークスファンの皆さま、おめでとうございます。
 たまたま7戦目まで行きましたが、今回はホークスの方がぜったい強かったです。

2011年11月 9日 (水)

「大阪・経営者のための会計特訓塾season2」最終日。隔週の出張は本当にたいへんだったが、無事に終わってホッと一息。参加者の皆さんお疲れさまでした。どうもありがとう。これでせんば自由軒のカレー、新幹線読書の時間もしばらくないと思うと妙にさびしい。

行き(東京→新大阪)
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帰り(新大阪→東京)
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2011年11月 8日 (火)

 震災から半年以上、季節も冬へと変わりつつあります。こんど中小企業支援・被災者支援プログラムの一環で開催される「工場見学+講義」の講師を引き受けました。本日、キリンビール生麦工場にご挨拶+品質管理の講義お願い。開催の趣旨をご理解いただきご協力の快諾をいただきました。
 ・・・・昔、ここで私の塾の企画「大人の社会見学:工場見学+会計講義」を行ったことがあります。だからこの工場はえらく懐かしいのだ。

 今回は公的な支援プログラムの一環として、キリンビールの方の「品質管理」講義+私の講義という組み合わせ。(実は真面目な)私は、品質管理・生産管理の書籍を何冊か予習しておりました。「工場見学+品質管理+会計・経営」という組み合わせを何とか盛り上げたいと思って。(こちらの講義はすでに満員御礼だそうです)

 本日同席した産業技術大学院の先生に疑問や関心を伝えるうち、「品質管理の講義に出てみますか?」とのご提案。うひょー! なんだか理工学部の新入生になったようで嬉しいぜ(いちおう客員教授なんだけどさ、オレ)。いくつか突っ込んで勉強したいテーマもあるしやる気充満。

 またいろいろ勉強した結果をまとめて「銃・鉄・管理会計」みたいな内容にまとめて、遠くないうちにキリンビール工場にて自主開催講義を開催したいと思います。

2011年11月 7日 (月)

 11/5(土)阪本啓一・田中靖浩・仲山進也3人会、例のない居酒屋さんにて開催。講演の途中休憩でビール1杯。終わった後は移動なく酒とおいしい肴。関係者の皆さま、どうもありがとうございました。(以下、ちょいと舞台裏的話ですがご容赦のほど)

 ビジネス界では例のない3人会。話を終えてすぐ飲んだので、その場ではよくわかりませんでしたが、翌日になるとどうにも気分がすぐれません。出演者としての自分ではない、プロデューサーの自分がどうにも納得できない気分といいましょうか。
 阪本さんと仲山さんが一緒なら、もうちょっとなんとかできたのではないかと。

 そんな消化不良感を抱えつつ月曜日。
 午前中に仕事を切り上げ午後はSWA「古典アフター」公演。平日昼間というのに満席。
 それにしてもこの落語家さんたち、どんどん進化しとるで。この4人を見ながら「オレは悩んでいていいんだ」と納得。足りないものばかりを気にする小物のD人間(注1)にはそんな悩める人生がお似合いです。 

 注1:マズローの欲求5段階説の下位にとどまっている小さな人間

 残念なことにSWAは今年一杯で解散。もっともっと勉強したかったのになあ。残念。11月から12月まで最終公演。可能な限り見に行って学んできたいと思います。
 12月5日が最終公演。チケットは「秒」で売り切れたとのこと。しかし私の手元には普通にプレイガイドで取れたチケット。
 「先生なんで持ってるんですかあ!」とスタッフに驚かれる。
 ・・・きっと神様が「お前はもっと苦しめ、悩め、学べ」ということを私に言いたいのでしょう。

 SWAで打ちのめされた帰り道、「怪奇小説という題名の怪奇小説」(都筑道夫著、集英社文庫)読了。その面白さにさらに打ちのめされる。
 どういう構成、面白さなんだ、これは。舞台であれ執筆であれ、「アドリブ」などと簡単に括ってはいけない世界があるようだ。甘かった。

 しかし悩みの中、電車のなかで「こんな『ビジネス×落語会』をやりたい」という直感的イメージが浮かぶ。これはやるべし。これから出演交渉に動きます。来春公演予定。たぶん。

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↑会場に飾られていたSWAメンバー人形

2011年11月 4日 (金)

 原稿2冊分の最終校正を完了。純粋な書き下ろしではないが今月下旬にムックと文庫、2冊をほぼ同時に発売。それを含めていろんな仕事を一気に片付けた。きれいさっぱり、悩ましい仕事はすべて完了。片付くときは片付くものだ。爽快な気分で飲んで寝る。これでしばらく休める・・・・と思ったら甘かった。

 一晩寝て、起きてパソコンを開くと「書籍の新企画決まり」のメールに、もろもろの新規提案。しかし、どうしてこのタイミングで・・・・・。
 じっくりと進めたい本業・管理会計関係の研究・執筆・仕事に併せ、年明け春まで休みなく仕事に追われることが確定。仕事だけで見ると嬉しいが、人生全体で見ると絶望的。

 仕事のプレッシャーから開放されたのは夜から朝までの一晩だけ。時間にしてたった9時間。しかもそのうち8時間は睡眠。とほほ。

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 水曜、妙に仕事の連絡が多いと思っていたが、その理由が今日になってわかった。
 木曜が祝日なので金曜に「会社を休んでいる輩」が多かったのか。
 自分が休みたいものだから、水曜に、投げつけるようにして仕事のメールを寄こしてくる。そのくせ本日金曜、こちらが対応すると向こうから反応がない。

 休みのない自営業としてはなんだか許せんなあ、むかつくなあ。

 「さきほど秘密で重要なFAXを送ったけど確認してくれました?」
 と留守電に入れて、ガキの書いた「ショッカーと戦う仮面ライダー」の絵でもFAXしてやろうかと考えた。「自分勝手」にはたいした違いがなかろう。

2011年11月 2日 (水)

 某社にて若人にみっちり会計の基礎講義。
 会社分析のディスカッションののち、発表を行ってもらう。
 用語を忘れようが、数字を間違えようがそんなことは些細なこと。
 しっかり根本がわかっていればいいのである。

 「もっと勉強したいので本の紹介をお願いします」
 「どうしたら発表の時、流暢に話せるようになれますか?」
 ・・・さまざまな質問・相談を聞いていると、「ハードルを越えたな」という感じがして嬉しい。会計は最初のハードルが高いのでたいへんだが、そこを超えれば大丈夫だ。
 君たちの先はまだまだ長い。ゆっくりと頑張ってくれ。
 彼らへの推薦図書をまとめた読書ガイドをまとめねば。これもまた嬉しい仕事だ。

 明日の休みも天気がよさそうだ。 

2011年11月 1日 (火)

 この10月は人生で最も働いた。休みなく頭を使っていたため、脳みそが興奮して睡眠不足なのに寝られない。しばらくすると日中の仕事中に頭痛が発生するようになった。本当にきつかった。

 本日は月末の雑事を片付け、すっきりした気分で久しぶりのジム。
 身体を動かすことのなんと気持ちいいことか。
 ベンチプレスで筋肉を限界まで追いこみ、泣きそうになりながら懸垂に挑んでみると頭痛が吹っ飛んだ。

 ひどかった頭痛は「もうこれ以上考えるなよ」というシグナル、アラームだったのだろう。
 不思議なもので、身体バランスを崩してどこかを酷使したとき、必ずそこを守るべく変調が起こる。これはおそらく動物レベルの「生命保存」のための防衛本能なのだろう。

 そんな変調のシグナルを無視して頑張る輩には「生命保存」のためにもっと激しい病気や心の病が発生する。「はやくその場所から逃げなさい」と。

 そして日本を含む先進国で若年性のアルツハイマーが激増している事実も、われわれのライフスタイルに警告を発してくれている気がしてならないのである。