「勉強」はやっぱり楽しい
10:00勉強会→打ち合わせ→打ち合わせ→取材・打ち合わせ。終了18:00。
8時間食事・休憩無ノンストップ。人生最高に頭を使った一日。
夜は吐きそうな気分で酔えない。
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午前は会計士の後輩たちを事務所に集めて読書・勉強会。
最近、いろんな勉強会・読書会に参加させてもらっています。
勉強会にはいろいろなかたちがあると「勉強」させてもらいました。
自分もそれらを参考に、いくつか読書・勉強会を主催しています。
有志が集まり、無料の勉強会だからこそ可能な雰囲気があります。
「お客さん」として接しなくてもいいので気分は楽です。
お金をいただいたお客さん相手ではそうはいきません。
最近「講義」が本当に「知識・知恵を伝える形式として望ましいのか?」に関して懐疑的になってきました。
もしかして「講師を呼んで講義を開催すればよい」という関係者の手抜きに過ぎないのではないかと。
会社の「会議」のように形式的でなく、夜の「飲み会」のようにくだけすぎず、その中間くらいの、意識の高い参加者による「勉強会」は本当に気持ちいいです。
一気に「勉強する気」が高まります。
それが世の中で行われていないのが、本当に不思議です。
(ハロウィンとクリスマスは盛り上がるけど、エイプリルフールが廃れるのと同じ理屈だね)
私など、中国古典の守屋先生の勉強会でどれだけ刺激を受けたことか。
するとそのような刺激を与える側にもならねば、と責任も感じるわけです。
また、勉強の楽しさを知らない大人が、子どもにそれを教えられるわけがありません。
会社でも自分を研修の講師でなく、勉強会の主催者として呼んでくれれば盛り上げられるのに、と思います。(無理でしょうが)。
最近のセミナーでは「その日から行動が変わる」「具体的行動レベルに役立つ」即効性が重視されるようですが、私は個人的にごめんなんですねえ。
お遣いの犬じゃないんだから。
世の流行に反して、わが勉強会では古典や歴史物を扱うことが増えました。
次回の読書会ではマズローを読む予定。
有名な「欲求5段階説」が単純な5段階でないことをマズロー本人の著作で知りました。
「自己実現」の元祖エブラハム・マズローはとても深い意味でその言葉を使っています。
そんなことを勉強して何の役に立つか? まったく役に立ちません。
だからこそ「勉強」は楽しいのです。
※だんだん最近、江戸時代の寺子屋師匠に近づいている気がします。
そのうち生徒さんからのお布施で生きるようになるのでしょうか。
それはそれで理想の人生です。


