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2011年9月30日 (金)

 10:00勉強会→打ち合わせ→打ち合わせ→取材・打ち合わせ。終了18:00。
 8時間食事・休憩無ノンストップ。人生最高に頭を使った一日。
 夜は吐きそうな気分で酔えない。

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 午前は会計士の後輩たちを事務所に集めて読書・勉強会。
 最近、いろんな勉強会・読書会に参加させてもらっています。
 勉強会にはいろいろなかたちがあると「勉強」させてもらいました。
 自分もそれらを参考に、いくつか読書・勉強会を主催しています。

 有志が集まり、無料の勉強会だからこそ可能な雰囲気があります。
 「お客さん」として接しなくてもいいので気分は楽です。
 お金をいただいたお客さん相手ではそうはいきません。

 最近「講義」が本当に「知識・知恵を伝える形式として望ましいのか?」に関して懐疑的になってきました。
 もしかして「講師を呼んで講義を開催すればよい」という関係者の手抜きに過ぎないのではないかと。

 会社の「会議」のように形式的でなく、夜の「飲み会」のようにくだけすぎず、その中間くらいの、意識の高い参加者による「勉強会」は本当に気持ちいいです。
 一気に「勉強する気」が高まります。
 それが世の中で行われていないのが、本当に不思議です。
 (ハロウィンとクリスマスは盛り上がるけど、エイプリルフールが廃れるのと同じ理屈だね)
 
 私など、中国古典の守屋先生の勉強会でどれだけ刺激を受けたことか。
 するとそのような刺激を与える側にもならねば、と責任も感じるわけです。
 また、勉強の楽しさを知らない大人が、子どもにそれを教えられるわけがありません。

 会社でも自分を研修の講師でなく、勉強会の主催者として呼んでくれれば盛り上げられるのに、と思います。(無理でしょうが)。

 最近のセミナーでは「その日から行動が変わる」「具体的行動レベルに役立つ」即効性が重視されるようですが、私は個人的にごめんなんですねえ。
 お遣いの犬じゃないんだから。

 世の流行に反して、わが勉強会では古典や歴史物を扱うことが増えました。
 次回の読書会ではマズローを読む予定。
 有名な「欲求5段階説」が単純な5段階でないことをマズロー本人の著作で知りました。
 「自己実現」の元祖エブラハム・マズローはとても深い意味でその言葉を使っています。
 そんなことを勉強して何の役に立つか? まったく役に立ちません。
 だからこそ「勉強」は楽しいのです。

※だんだん最近、江戸時代の寺子屋師匠に近づいている気がします。
 そのうち生徒さんからのお布施で生きるようになるのでしょうか。
 それはそれで理想の人生です。

2011年9月29日 (木)

「阪本啓一・田中靖浩・仲山進也 三人会」
11月5日(土)夕刻~の開催が決まりました。3人講演+大飲み会の豪華企画。
ただ会場が決まりません。
そこで公募です。

当日夕刻から貸し切りで使わせてもらえる講演可能な東京近辺のレストランor飲み屋さんをご紹介ください。
自薦他薦を問いません。パソコン・プロジェクタなど装備一切不要。
収容人数は30~50人くらい、値段などもろもろ応相談。
レストランオーナーの方、アピールのチャンスです。乞う立候補。ご一報を!

※キャバクラ・特殊風俗・日本武道館などのご応募はご遠慮ください。

阪本啓一さん → JOYWOW会長、マーケティング・ブランド関係の著書多数
         http://www.joywow.jp/
仲山進也さん → 楽天大学学長、「ビジネス頭の磨き方」は名著。
         http://plaza.rakuten.co.jp/empowerment

2011年9月28日 (水)

 東京から名古屋、岐阜羽島を過ぎてすこしするとサンヨーの大型ソーラーパネルが見える。
 看板がpanasonicに変わっていた。別に不思議はないのだが感慨深い。

 昼過ぎに新大阪に着き、地下鉄で本町に行き、せんば自由軒でカレーを食べ、仕事場の大阪商工会議所に向かう。
「経営者のための会計特訓塾」で一週おき大阪、このリズムが非常に気分いい。
 仕事でいい気分になっていては申し訳ないのだが、この大阪の講義は行くのが楽しい。

 本日、参加者の皆さんには「経営者と管理者のちがい」を宿題に出す。
 現役の社長さんが、自らをどう定義してくるのか、解答が楽しみです。
 「先生、自分の趣味とちゃいますか?」・・・・バレてます。その通りです。

 こちらの皆さんに講義していると、反応を見ながらいろんなアイデアが浮かびます。
 今日は講義中「健全な赤字」というフレーズが頭に浮かびました。
 まったく理由・根拠はありません。せっかく浮かんだので追求してみたいと思います。

2011年9月26日 (月)

連休が去り、夏が去り、株価も去り、涼しい季節の到来。
夕刻事務所に「まいど!」と現れた編集者氏に出来立て原稿を渡し一区切り。
10日分くらいまとめて疲れた。

体力気力ともに好調ゆえ、仕事の合間にずっと書き続けてしまった。
昨日など、休みたくないのに「休まないとまずい」とムリヤリ休息。
なんということだ。どうしてしまったんだオレは。

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そんなわけで連休最後の休日、かつて教えた若いのが支配人を勤めるという温浴施設を訪問。
ネットで昔の知り合いと再会でき、それでフロに入れるんだから21世紀はすごい。
高速を飛ばし、ゆっくり風呂に浸かって束の間のリフレッシュ。

埼玉は大宮近く「天然温泉 花咲の湯」です。
なかなかいい湯ですので、ご近所の方がいたら行ってみてください。
元気でかわいい女の子がいっぱいフロントにいますので
「支配人の師匠、田中さんの知り合いです」
と声を掛けてみてください。

陽気な挨拶が交わされる21世紀のネット社会でなかなか味わえない
「不気味な沈黙」
をじっくり堪能でき、岩盤浴とは種類の違った汗をかくことができます。

2011年9月22日 (木)

某ビジネススクールにて講義を行ううち、どんどん風雨が強まる。
窓を叩き付ける雨音。
夕刻に講義が終わった時点で多くの電車・新幹線がストップ。
大阪から参加いただいている参加者がとても気の毒。

「なんなら朝まで講義を続けましょうか?」

みんな笑ってくれたが誰も頷いてくれなかった。
実は本気だったのになあ。

2011年9月21日 (水)

 朝起きて原稿、濃い打ち合わせ2本、楽しい打ち合わせ1本、合間に原稿。
 もう夕方にはエネルギーが残っていない。

  夜はツルちゃん(伝説のホテル・鶴岡秀子さん)と元リッツカールトン代表の高野登さんの講演会。
 ・・・・この講演会に出て思い知りました。自分の肉体的精神的な特質と限界を。
 2時間半の休憩無しは、私には長くてつらくてもはや限界。
 日中集中力を使い果たしたせいか、もう最後は頭が痛くなって気持ちが悪くなって辛かった。
 まわりの皆さんが笑顔でいるのを見て、なんとみんなは忍耐力があり、自分にはないのかと愕然とする。

 私の場合、人並みなずれた集中力はあると自負するものの、それが1時間と続かない。
 面白い話だけに、それに2時間半集中させられるともう脳みそがパンク状態。
 講演後のビール数杯でやっと復活。

 競馬で言うと「いい足が一瞬しか使えない」短距離馬なんでしょうか。自分は。
 人間もいろいろだし、そんなのがいてもいいよなと自分を慰める。
 しかも最近、どんどん集中できる時間が短くなったしなあ。
 少々ガックリしつつ、演者としては自分のようなお客さんのために時間配分・休憩には気を付けようと思った次第。
(基本ホスピタリティーのない自己中心人間なので、「自分のような」お客さんには優しい)

 ・・・・・この落ち込みはあくまで自らの特質に係わるもので、ツルちゃんと高野さんの講演の素晴らしさにはまったく関係がありません。
 むしろ素晴らしい講演だからこそ疲れたということであります。
 2人のコンビネーションも息が合ってすごくよかったです。
(きのうのピンクレディーには負けるけどね)

2011年9月19日 (月)

 「ピンクレディーのコンサート、代わりに行きませんか?」

 と福岡F社長からメールが来たのがしばらく前。彼はアメリカ進出などで忙しいらしい。
 コンサート会場は事務所から近いし、せっかくなので行くことにした。

 それが今日。ツアー最終日だそうで大変な盛り上がり。
 彼から譲ってもらったチケットは1枚。2枚じゃないのが誤算。
 Fは1人で行くつもりだったのか。やっぱりあいつは変だ。

 コンサートでは女性たちが踊りまくる会場に圧倒されました。
 「渚のシンドバット」では東京国際フォーラムの床が抜けるかと思った(マジで)。

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 今回は1人で恥ずかしかったが、学生のとき友人とピンクレディーのコンサートに行った覚えがある。
 でもまったくコンサートの中身について記憶がない。なぜだろう??

 会場でその理由を思い出した。一緒に行った友人Aのせいだ。
 青春のすべてをピンクレディーに捧げていた大ファンのA。
 コンサートの前から緊張しっぱなしでガチガチの状態。
 「こいつはコンサート中に死ぬんじゃないか?」
 
と心配になって、私は集中できなかったのだ。
 ・・・・そんなことも懐かしい想い出だ。

 そんな想い出は思いおこせば高校の頃だ。
 いまや娘がちょうどあの頃の自分と同じくらいの歳になった。
 連休はその娘のコンサートも見に行った。
 こちらは自分が緊張して、呼吸を忘れて窒息して死ぬかと思った。

 ともあれF社長、ピンクレディーは健在だった。
 今日の模様はDVDも発売されるらしいからぜひ楽しんでくれ。
 オレが映っていてもみんなには内緒にするように。

2011年9月15日 (木)

「なんでこんな雑誌があるの?」とヨメ&ムスメに怪訝な視線を浴びせられながら、わが家に増え続けているのがSTORY、Grazia、FRaUといった女性雑誌の数々。
「しょうがないだろ、仕事なんだから」と言ってはみたものの、読むのがホントにつらい。
「ん?なんか雰囲気が違うぞ」と思ったらSeventeen。紛らわしい、仕事の本と一緒にするんじゃない!・・・・わが家は大混乱。

打ち合わせに新コンサルメニュー研究に原稿に講演、大阪では中小企業経営者向け会計特訓塾も開講。
9月に入っていきなり仕事モード全開で張り切りすぎたせいか原因不明の高熱が出る。

そんな日々のなかにも嬉しい出来事がすこし。
大勢の女性相手という難易度の高い(?)講演では一緒に出た後輩会計士Hが上手にまとめる姿に感心。こいつも成長したもんだ。
自分が昨年講演した某ホールで娘がライブをやるという。「あの会場の音響は……」娘と会場音響について話す日が来るとは思わなかった。

こういうことがあると「このまま高熱で死んでもいいかな」とも思うが(人生満足の意)、一晩で熱が下がったところをみると「まだ働け」との神様の命令だろうか。

さて、顔でも洗って気合い入れて、女性誌読むか。

2011年9月11日 (日)

 あれからちょうど半年。
 我ながら情けないほどに動けず、考えきれぬ日々が多かった。
 やっと心の区切りがついた。

 震災当日、私は流通企業が集まるワークショップの講師で呼ばれていた。
 講義の途中で地震に襲われるというあまり経験したくない事態。
 地震に遭いながら笑いに転化させた某師匠を思い出してがんばるも無理。
 疲労困憊した。

 ・・・・あれから半年。また同じワークショップに呼ばれた。

 やっと「あのときを取り返した」感覚。
 半年間、それなりに悩み考えた成果を講義で表現することができた。
 終了後、受講者と乾杯したビールはことのほかうまかった。

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 某大臣が失言で辞職したらしい。
 大臣たるもの言葉に責任を持たねばならぬのだろうが非難する気になれない。
 だからといって肯定する気にもなれない。とにかく「よくわからない」。

 「死の街」という言葉だけでは前後の文脈がわからない。
 「放射能をつけてやる」と言ったのがどこで、どんな場所で、どんな雰囲気だったのかわからなければ非難のしようがない。

 しかしその活字レベルの言葉だけで十分彼を非難するに値するらしい。
 非難はもっと大げさになり、首相の任命責任とやらも発生するそうだ。
 よくわからない。
 被災地のため、というならそれより他に議論すべきことが山ほどあるだろうに。
 彼がどんな心情を持ち、被災地にどんな思いを持っていたとしても、活字レベルの失敗は致命的らしい。

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 私も人前で話をするときに「どこまで許されるか」には最大限気を遣う。
 おとなしく話せばつまらないし、話しすぎると不快にさせる。
 その「許されるギリギリ」を目指すのだが、ギリギリがどこかはその場に行ってみないとまったくわからない。
 事前に想像もできないし、関係者に情報をもらっても無駄。
 また自分の体調や気分によっても判断が影響を受ける。
 結局、あえてやってみて失敗したり成功したりの繰り返しで掴むしかないのである。

 会場で「これを話したらネットに書かれるな」と思ったら話さない。
 本当の事柄をフィクションに脚色して話す。
 あるいは「ネットに書かないでくださいね」といってホントらしさを演出する。
 ・・・・そんなことはプロとしては当然。

  自分の発言がどこまで影響し、揚げ足を取られるかは予見しておかねばならない。
 きっとそのせいで最近「ギリギリを探る」ところの「ギリギリ」レベルがどんどん下がってきている。
 ビジネスでも、落語家でも、政治家でも。
 
 ネットの発達と揚げ足取りは確実にライブの笑いと緊張感を変貌させつつある。
 良い面はたくさんあるのだが、ライブを殺してしまうとつまんないね。

 政治家の人たちは上手い落語家さんを聞いたほうがいいと思う。
 「ギリギリ」にいかに気を遣って話しているか、あるいは「ギリギリ」がどの辺かを学べるから。
 そうすれば今回のように「どこまで話していいか」の判断を誤って辞任する不幸な事態は避けられる。

 まあ、政治家さんには気を付けてもらうと同時にあまり期待しないようにしましょう。
 これから失言のない堅物と、失言しない芸能人大臣が増えていくでしょうから。
 政治はいいけど、落語やお笑いの「ライブの笑い」が消えてしまわないことを祈るばかり。

 ・・・・・そういえば明日某企業で会計講義。
 違う人を相手に同じことを話さねばならぬのに「同じことを話せない」性分。
 こればかりは直らん。今日書いたことはすべて言い訳なのかもしれんなあ。

2011年9月 7日 (水)

 先月、どばっと誕生日祝いのメールが来て驚いた。facebookの親切のためらしい。
 こんなにお祝いをもらったのは初めてだ。皆さんどうもありがとう。

 しかしfacebookの親切でこれだけ大勢からお祝いメッセージが来ると、不思議なことに「お祝いを寄こさなかったヤツ」が妙に目立つのである。
 「あいつ、仕事の時ばかり連絡早いくせに誕生日におめでとうも無しかよ」
 ・・・・・こう感じるわけである。
 みんなが「おめでとう」を言い合う健康的な社会では、「言わないこと」が非常に重要な意味を持ちだしてしまう。

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 自分の人生を振り返るに、誕生日を祝った相手は、付き合いたい女性か、付き合っている女性だけだった。
 メールもなくケータイもなかった時代に、彼女の自宅に電話を掛け、ガンコ親父をかいくぐって本人に「誕生日おめでとう」を言うのは勇敢な行為だった。
 そのかわり「誕生日おめでとう」を言える勇者には時として大きなご褒美が用意されていたのだ。
 
 あれから時は流れた。

 「誕生日おめでとう」が気軽に言い合える、明るくて素晴らしい時代になった。
 その代わり、その言葉のために自らを奮い立たせる男はいなくなった。

 今にして思えば、なんとか一歩踏み出そうと努力したという意味において、アッシー君やメッシー君には一定の評価をしてもいいと思う(当時はさんざんバカにされていたが)。

 いまの時代をみるにつけ、誕生日には気軽に「おめでとう!」をメールし、何を食ったとかつまらんことに「いいね!」を連発し合う若い男女たちが心配だ。

 彼女がしびれを切らして「同棲しよう」と言っても、意を決して「結婚しよう」と言っても、「いいね!」と言うだけで動こうとしない草食系「いいね!君」が増えるに決まっている。

 にこやかなれど優柔不断な「いいね!君」は日本の結婚を減らし、少子化を加速させる恐ろしい存在である。政府は早く対策を講じた方がいいと思う。

2011年9月 6日 (火)

 9月になってたった5日というのにもう息切れ。
 現代日本の仕事量と仕事のペースは1ヶ月休んだ身体と精神には厳しすぎる。
 おまけに長期休暇の反動でしばらく手帳は真っ黒の仕事漬け。
 ・・・もう死ぬかもしれないと思って12月海外旅行の予定を立て、衝動的にチケットを取ってしまった。
 「せめて年末までは耐えよう」。これはもはや動物としての自衛本能か。

 しかしそれでは飽きたらず、春に長期休暇のプランを立てる。
 やはり仕事は短期的に決着をつけ、きちっと区切りを付けて休むのが肝要である。
 よって当事務所は「四半期休暇」の制度を本日正式に決定しました。

 テンポ良くリズム良く四半期づつ休むのは当然のこと、
 年に1回の「本決算」ならぬ「本休み」たる夏休みを1ヶ月取るのも当然。

 一方でわが事務所喫緊の課題は、環境に対応したスピード化。「月次休暇」の導入である。

 ・・・・・これくらいでやっと「やる気が出る」私は決して異常ではないと思う。