« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月29日 (日)

 運動会が雨で中止になった週末、グリーンチャンネルで競馬中継を見ていた。
 すると小学生のガキが隣でひとこと。

「ん? 馬がすくなくない?」

 見れば少頭数、8頭立てのレースだった。
 震災の影響で中央競馬が中止になり、そのあおりで最近の競馬はフルゲートが多い。
 8頭立てはたしかに寂しく映る。

 ・・・しかし、それに気が付くとはさすが、わが息子である。
 頭数の少なさに気が付く小学生はなかなかいない。そのコメントに家中が大爆笑に包まれた。

 きっと5・6年生になれば、「カツハル、飛ばしすぎじゃない?」位のコメントをするであろう。
  がんばれカツハル。・・・おっと、今日のダービーへの私情が入ってしまった。

 さて本日のダービー、18頭すべてがサンデーサイレンスの血を引いた馬だ。
 18頭中16頭が関西馬で関東馬は2頭のみ。

 いくらサンデーが名馬とはいえ、この片寄りはまずくないか?
 サンデーサイレンスが若くして急死したのは「生物界の摂理」なのかもしれない。

2011年5月25日 (水)

 やっと銀のエンゼル5枚集めて「おもちゃのカンヅメ」改め「宇宙缶」獲得。
 5枚集めるのに困難を極めた。現代の子どもたちを取り巻く環境は厳しい。
 中にはすごいものが入っていた、それは・・・・。

525

2011年5月24日 (火)

 雨の早朝から志の吉さんとの「ビジネス×落語」CD収録。
 前日の深夜まで台本に没頭して頭ふらふら。

 これまでの
  ・「穴どろ」とリスク・マネジメント
  ・「水屋の富」と経営の効率化
  ・「火焔太鼓」とブランド経営
 に続いて3回分を無事収録。

 今回は震災を意識して「発想の転換」「CSR」「社内の情報伝達」。
 これをそれぞれ古典落語にあわせて表現しました。

 しかしまあ、改めて、古典落語のストーリーってすごいなあ、と感心しています。
 人間に対する懐が深い。

 ビジネスのテーマは一般的なフリをしてどんどん専門性に向かっていますが、古典落語は普遍性がテーマ。
 これだけ方向性が違うと意外に結びつけやすいのです。

 古典落語のストーリーには人間の哀しさや淋しさへの優しい目線があります。
 これはシェークスピアに近い、時代を超えた普遍性。すごいです。

 古典落語をもとに「世にも奇妙な物語」の台本を考えたら楽しいだろうな。

 私の「ビジネス×落語」台本には書籍化のオファーも頂いておりますが、なにせ落語部分を活字にしてしまうと台無しでね。
 宮藤官九郎さんの「タイガー&ドラゴン」も落語のライブシーンがあったから成立したと思うし。

 まあいいや。それにしても今日は疲れた。これでやっと寝られる。おやすみなさい。

2011年5月23日 (月)

 自信の新企画「大人の4教科:国語・算数・理科・社会」の告知です。
 「こんな勉強会をやってみたい」という私の思いを3人の先生に声を掛け、快諾をもらいました。

 時代の変わり目に立つ人間に、「いま自分は時代の変わり目に居る」という実感はありません。
 あとになって「あのときが転換点だった」と後講釈で語られるのが歴史というもの。
 「これからの10年」は間違いなく日本という国の転換点になるでしょう。
  私たちはいま、そんな歴史の転換点に立っています。

 我々はどんな姿勢でこれからの困難な時代に立ち向かうべきなのか? 
 こんなときだからこそ、小手先でなく「人間の基本」や「ビジネスの前提」を学び直したいと思うのです。

 久しぶりに学校で学ぶ「新鮮な気分」で参加してもらえると嬉しいです。

 以下、勉強会の概要です。

***********************************

 ●タイトル  : 「大人の4教科:これからの下向き日本をどう生きるか?」

 ●日   時 : 2011年6月18日(土)14:00~18:30

 ●場   所 : 都内・秋葉原の会議室

 ●参 加 料 : 8000円

 ●プログラム : 1時限 算数 14:00~ 田中靖浩
            「下向き時代を楽しく生きるために」-時代を読み、乗り切る3つの数字-
            
            2時限 国語 15:00~ 守屋淳
            「オリジナリティは読解力で育まれる」-人と違う視点を持つために-

            3時限 社会 16:00~ 徳川家広
            (未定)

            4時限 理科 17:00~ 池澤智
            「正しい食事と運動で健康をつくる」-今日からあなたができること-
 
 ●宿   題 : 可能なら以下の3冊を購入の上、当日までに読んでおく
            ・守屋淳「ビジネス教養としての『論語』入門」(日経)
            ・徳川家広「自分を守る経済学」(ちくま新書)
            ・池澤智「トータルワークアウト式 3週間ダイエットバイブル」(法研)

***********************************

 先生方のご紹介を・・・・

 守屋淳さんは、中国古典の研究者で、私が個人的な勉強会で「孫子の兵法」を教えてもらっている先生です。物静かで柔らかい物腰から繰り出される鋭い見解にはいつも刺激を受けています。

 徳川家広さんは、徳川19代目のお殿様。だからなのか、ものすごい「視野の広さ」をお持ちです。とにかく博学、博識。当日はどんな歴史裏話などが飛び出すか? 懇親会を含め大いに期待しています。

 紅一点の池澤智さんは芸能人・アスリート・格闘家などが通うトータルワークアウトのトレーナーさんです。効果的なダイエットから将来の健康に向けてできることを話してもらいます。

 以上、私を含めて4人の講師陣でお贈りする勉強会。
 「原点に戻って学んでみたい」という方の参加をお待ちしています。

 今後もこの「大人の4教科」は先生やテーマを変えて継続していきたいと思います。

 今回の申込はもうすぐ開始しますので少々お待ちください。

2011年5月18日 (水)

 御立さんが、今回の津波で難を逃れた子どもたちについて、その「危機対応力」の素晴らしさについて連載で書かれている。
 これは企業にも通じる「変化対応力」であり自然災害の多い日本だからこそ培われる能力であると。
  http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110511/219916/?P=1

 ある日の災害を不幸ととらえるだけでなく、長い目で見て成長の機会ととらえること。
 不幸に耐えることで人間も会社も強くなるという事実。

 御立さんの文章に深く共感すると同時に、こうしたエピソードを後世にきちんと伝えていかねばならぬと思う。

**********************************

 2005年スリランカ大地震のとき、奇妙な現象が発見された。
 海沿いにいたゾウの群れが、地震発生後直ちに高台に移動し、津波の被害を逃れていたのだ。

 どうやらゾウは津波による低周波を感知できるらしい。
 しかし低周波を感知しても、それが何を引き起こし、どう対応すればいいかは「高齢のゾウ」しか知らない。
  高齢のゾウがいちはやく高台に避難し、すべてのゾウがそれに従った。
  その結果、多くの人間が犠牲になった大津波でもゾウの群れは助かった。

**********************************

 ゾウと人間、そしてイルカは生物の中でも特殊な存在として知られている。
 それは繁殖活動を停止してもなお生き残るという稀有な生物として。

 ほとんどの生物は生殖活動を停止すると死ぬ。
 たとえばサケは川を渡って産卵・放精すると息絶えることでよく知られている。
 万が一、産卵・放精後も生き残った場合、栄養源として卵を食べてしまうらしい。
 みずから子孫を残した親サケは、自分が死ぬことと引き替えに子サケを生かしている。

 しかしゾウ・人間・イルカだけは生殖活動を停止してもしぶとく生きている。
 それどころか人間の場合、会社でも家庭でも威張り散らす存在である。
 明らかに生物の生命論的循環に反している。

 もし生殖活動が停止してもなお生きる意義があるとするなら、それは「生きる知恵」を次の世代に伝えることしかなかろう。
 おそらくはそのために人間・ゾウ・イルカは知能が発達しているのではないだろうか。
 高齢者は生物的にいえば、若い生命を脅かす存在なのである。
 人間でいえば年金や医療費を若い人から奪い取り、「お前たちはなっとらん」と家庭や会社で威張るなどして。

 「君たちはその経験と知恵をどうやって使うつもりだい?」
 地震災害対策から原子力問題、そして年金医療制度、すべてのリーダーシップに関連して、私たちはスリランカの高齢ゾウに訊ねられている気がする。

2011年5月16日 (月)

 仕事の打ち合わせが2件続くなか、偶然同じ話題になった。
 「大企業の40歳代管理職がいかに大変か」について。

 この世代は「部下がいない」ないし「部下が1人しかいない」管理職として、かなり辛い思いをしているらしい。

 ちょうど私と同年代のわけだが、そこまで大変だとは知らなかった。
 みんな友人同士の集まりでは言わないからね。

 それぞれにそれぞれの、しかも自分で選んだ人生なのだから同情も応援もしない。
 ただあくまで客観的に彼らは「時代に翻弄された」のかもしれないな、と思った。

 日本が浮かれていたときに勢いに乗って就職し、そのあとの厳しい環境に身を晒されはじめた彼ら。

***********************************

 しばらく前に橋本治氏の「巡礼」「橋」「リア家の人々」3部作を読んだ。

 これらの小説に登場するのは、あくまで一生懸命に、戦後の昭和を生きた人々。
 しかし時代が昭和から平成へと移り変わるうち、それらの実直な人々が

 「近所に嫌がられるゴミ屋敷の主人」
 「子どもを橋から突き落とす母親」
 「亭主を殺してしまう妻」
 「戦後に公職追放され復職する文部官僚」

 といった平成の悪夢や不幸に巻き込まれていく様を描いた小説である。
 「時代に翻弄された」人々の物語は、ずっしり重いのを通り越して、一種のホラーであった。

 昭和30年代生まれ以前の人は、懐かしさと共に、ガーンと頭をぶっ叩かれた衝撃を受ける3部作です。
 (気の弱い人、いまという時代を信じている人は読まないでください)

***********************************

 我々に降り掛かってくるのは津波や放射能といった天災だけではありません。
 大きな時代の変わり目には、目に見えぬ「時代の変化」がすこしずつやってきます。

 目先にとらわれず、大きな時代の変化にも敏感になっておかないといけません。
 やっぱりちゃんと歴史は勉強しておかないと思います。

2011年5月15日 (日)

 息子にローラースケートを購入。最近のはなんとカッコいいんだ。・・・と、ついじぶんのも購入。
Img_5309

 結局、土、日の両方ともローラースケート場に出かけるはめに。
 20年ぶりでも何とかなるだろうと思ったが身体は思うように動かず。全身筋肉痛でボロボロ。
 ついでに、さっさと上手くなるガキを見ながら心もボロボロ。

2011年5月12日 (木)

 中小企業支援プロジェクト始動のため、後輩の実力派会計士K君と事務所で相談。
  震災地をはじめ、これから厳しくなる中小企業経営を支援すべくアイデア出し。

 しかしその前に我々には、仕事がなく困っている若手会計士に仕事の場を提供するという使命がある。
 「仕事は自分で作るものだ」ということを、うつむきがちな会計士連中に見せてやるぜ。

**********************************

 K君との打ち合わせに熱中し、気が付けば2時間半。
 会議でこれだけ時間を忘れたのは久しぶり。

 私は大の付く会議ギライです。
 「新しい企画を考える」以外の「やるべきことがある」会議など15分もあれば余ると考えています。
 だから30分が過ぎるとそわそわしてイライラしてきます。
 (仕事関係者の皆さま、いつも不機嫌で本当にすみません)

 それだけに、今日は長時間付き合わせたK君には「悪いな」と反省しました。
 相手がK君のような自営業者の場合、年上・年下、立場などに関係なく、打ち合わせに1時間以上付き合わせると相手に「申し訳ないな」と感じます。

 なぜなら自営業者・社長はその時間がなければ他の仕事・遊びをできるからです。

 自由業と勤め人の最大のちがいは「時間に対する感覚」だと思います。
 分かりやすく言えば、自分の時間が自由になるのかならないのかのちがい。
 9時から5時まで仕事で拘束されている人は、私との会議が終わってもそのあと会社に戻って仕事がある。
 だから「この会議を早く切り上げよう」という気合が感じられない(私から見れば)。
 K君は、私との会議を終えれば他の仕事で稼ぎに行けるし、遊びにも行ける。
  ・・・・・このちがいは大きいです。

 自分の時間を大切にしている自由業相手に「無駄に時間を奪う行為」は犯罪ものです。
 私はつまらん営業訪問につかまったりすると、それが追い返すまでの5分でも殺意を覚えます(マジです)。
 こうした「会議を短くすることに情熱を傾ける」自由業の本質はなかなか理解してもらえません。

 お役所関係、金融機関系の方が打ち合わせで夜に来られることがあります。
 決まって彼らは「営業時間外にすみません」とお詫びされるのですが、これも自由業からからすると意味不明。
 「あなたがたは営業時間があっていいですね」と笑うしかない。
 「営業時間外にすみません」の裏には「営業時間なら大丈夫」との心理があると思いますが、時間を取られるという意味ではどちらも全く同じ。
 昼間だろうが深夜だろうが、「意味のある打ち合わせ」ならどれだけでも付き合うし、意味のない打ち合わせは5分でももったいない。
 まったく常識がちがうようなあ、といつも苦笑します。

*************************************

 先日、知り合いの大手出版社の編集長さんと飲んだ際、

「10年前、田中先生の事務所を初めてお訪ねした際、あまりのことに仰天しましたよ」
 との衝撃的回顧。

 有名作家さんなど多くの書き手を訪問されているその編集長さん。
 オレは何をやらかしてしまったのか?とおそるおそる尋ねました?

「私、なにか失礼なことしましたっけ?」

「いやね、ペットボトルのお茶を紙コップで出されたんですよ。あれには驚きました~」

 そんなの驚かれても・・・・。いまでもずっとそうだし。

 きっとその編集長さんの著者訪問は「茶柱の浮かぶお茶とともに、のんびり打ち合わせ」というスタイルなんでしょうな。
 すると私など、まったく大物感を感じさせない、忙しない小物に見えたことでしょう。
(その通りなんだけどさ)
 
 教訓その1:自営業の時間を奪うのは、金を奪うより罪が重い
 教訓その2:自分の常識が人にも通じるという「思い込み」はよくない

2011年5月 9日 (月)

 震災地へのボランティアが減っているという記事を見ました。
 GW休みが終わるのだから仕方ないのかもしれません。

 4/28チャリティ・イベントのチケット売上は全額save the childrenに寄付します。
 そのsave the children日本支局に行ったとき、興味深い話を聞きました。

 今回のような震災を含む天災事故、そして戦争。
 さまざまなトラブルから子どもたちを救うのに「3つの段階」があるそうです。
 
 第1フェーズ:食物・寝る場所といった生死に係わる直接的支援(~2ヶ月)
 
 第2フェーズ:ある程度落ち着いてきた状況における生活支援(~1年)
 
 第3フェーズ:ショックを受けた子どもたちの心のケア支援(~3年


 なるほど、支援にも色々なかたちがあるわけです。
 相手を直接世話するのも支援なら、黙って見守るのも支援。
 子育ても、部下の指導も、友人の応援も、なんでもそうです。

 いま子どもたちの状況を含めた被災地の状況は第2フェーズに移ってきました。

 第1フェーズでsave the childrenは子供を預かる「こどもひろば」を展開してきましたが、学校が始まる第2フェーズに入って、こどもひろばの機能は学童保育的なものに変化しているそうです。

*********************************

 私たちの生活も混乱を過ぎ、落ち着いた第2フェーズに入ってきました。
 (電車が止まる心配もしていないし、節電もふつう)

 第1フェーズが「自粛の自粛」やボランティアだったとするなら、第2フェーズは東北へ旅行し、また東北の人たちを雇用することが「偉い!」と言われる段階になるのでしょうか。

 私は個人的に、第2フェーズは皆さんにお任せして、第3フェーズについて考えたいと思います。それは「もう施しはイヤだ」と思っている頑固なオヤジ達が仕事を始める助けをすること。
 自分なら誰かの世話になる状況が長く続けば死にたくなります。少数だとは思いますが、そんな人を「表立たないで」応援するかたちはないものかと思案中。

 「中小企業支援」と言うといかにも月並みですが、客でなく、雇用主でなく、震災地の自営業者が自ら立ち上がる手助けをしたいと思うのです。

 ・・・・たしかに大変な仕事ですが、東京でリストラされたお父さんの自立を助けるより、はるかに楽だと思うのは気のせいでしょうか。

2011年5月 6日 (金)

 連休合間の平日。東京の街に人が少ないのが心地いい。
 リクエストにおこたえして、4/28私の公演「サンデーサイレンス物語」の内容を。

**********************************

 「2、4、6、8、10、12」
 
 
次は数字は?・・・・・・答は27。

 「2、4、6、8、10、12、27、2、4、6、8、10、12、27、2、4、6、8、10、12、27」
 
 この次は?・・・・これだと多くの人が「2」を想像する。

04282

 私たちは学校、ビジネスで「過去の規則性に則り、次を推測する」教育を受けている。
 しかし現実はそれほど簡単ではない。

 「不幸にも(幸運にも、と言うべきか)、次にくる事実を前もって入手できるなどということは決してありえない。われわれに持つことができるのは、単純であってくれという願望だけなのだ。そして次に来る事実は、いつもわれわれを一段と複雑なレベルへ押し上げる可能性を孕んでいるのである。」
 「精神と自然-生きた世界の認識論-」グレゴリー・ベイトソン、新思索社刊

 「芸術も、宗教も、商業も、戦争も、そして睡眠までもそうなのだが、科学もまた前提presupposition<思考以前の思い込み>の上に成立している。ただ科学の場合は、単に思考の道筋が前提によってきまるというだけではない。現在の前提の非を問い、非ならば破棄して新しい前提を造るところに科学的思考の目標があるのである。この点において科学の営みはそれ以外の人間活動と大いに異なる。」(同書)

 震災後、不安定で定まらなかった私の思考はこの本に強烈な刺激を受けました。

 今回の被害や原発事故を予見できた・できないという議論の「前提」に気が付いたからです。
 それどころか、自分が専門としている「会計」の本質と弱点を見事に言い当てられた気さえしました。
 会計・経営ツールの多くは「対前年比」をもとに組み立てられています。
 そこにはベイトソンの言う「単純であってくれ」という願望、「単純であるはずだ」という思い込みがあります。

 ただここから先、われわれの「これまで通りであってくれ」という思い込みは怪しくなりました。

 -----と、まあ、こんな話をしまして、御立さんの「未知の領域のリーダーシップ」、そして志の吉さんの「千両みかん」に繋ぎました。
 ※注:「千両みかん」は番頭がみかんに価値があると「思い込んで」逃げる滑稽話。

 ではこれから先、「2、4、6、8、10、12」の次に14が来ない日本になるとして、必要なものは、いざというときの「底力」ではないかと。
 「底力」といえばサンデーサイレンス。
 それで底力溢れるレースVTRを会場でお見せしつつ「底力」について話しました。

 ふざけたふりをして、大切な内容を真面目に話したつもりですが、お客さんに届いたかどうかは?
 ---心配ですが、もう終わったので考えないことにしましょう。

 「知覚による方法にほかならぬ科学には、真実かもしれないことの外在的で可視的なしるしを集め回る以上のことはできないのだ。科学はprove<証明>せず。probe<探索>するのみ。」(同書)

 さて、GW最後の週末は競馬で「probe」して過ごしましょうか。

2011年5月 3日 (火)

やっと熱も収まり、曇り空のGWを自宅で過ごしています。
2・3ヶ月前の雑誌を「こんな時代もあったな」と懐かしく感じながら。

明日5/4はシモキタの渦27、昼の部&夜の部に出かける予定。
それくらいの遠出がちょうどいいです。

小さい劇場にて繰り出される大人の笑い。
GW中の5/5までやってます。
知人にはさんざん勧めていますが、これを見ていらっしゃる方もぜひ!
→ http://marishiro.cool.ne.jp/pop/01_05/page01/pop47.html

2011年5月 2日 (月)

 4/28(木)「まぜるな危険 チャリティーイベント」無事終了。
 急な企画にも係わらず多くの方にご来場いただき、成功裏に終わることができました。
  本当にありがとうございました。チャリティーの内容についてはまた改めてご報告します。

 震災に負けずがんばろう!という今回、3人の話の内容は・・・

  一.田中講演:サンデーサイレンス物語
  二.御立講演:「未知の領域」とリーダーシップ
  三.志の吉落語:千両みかん

 ↓今回はカジュアルな御立さん、キリッとした着物の志の吉さん。

04281_3

**************************

 私の講演について、「あのサンデーサーレンスのレースビデオを教えてください」
という問い合わせを何件かいただいております。
 直線、壮絶な叩き合いのレースは「プリークネス・ステークス」です。
 レースはこちら↓
 http://www.youtube.com/watch?v=g9pc1i7nRT0&feature=related
  このビデオがあれほどウケるとは思いませんでした。

 
 それから2,4,6,8,10、12の次は何ですか?
 についての質問も多くいただいておりますが、答は27です。
 (ネタ本は「精神と自然」グレゴリー・ベイトソン(新思索社))
 
 サンデーサイレンスのレースに近代合理主義批判。
 これだけでは何が何やら分からないと思いますが、講演内容についてはこのブログで改めて。
 (気が抜けて昨日より発熱中です)