4/28私の講演「サンデーサイレンス物語」の内容
連休合間の平日。東京の街に人が少ないのが心地いい。
リクエストにおこたえして、4/28私の公演「サンデーサイレンス物語」の内容を。
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「2、4、6、8、10、12」
次は数字は?・・・・・・答は27。
「2、4、6、8、10、12、27、2、4、6、8、10、12、27、2、4、6、8、10、12、27」
この次は?・・・・これだと多くの人が「2」を想像する。
私たちは学校、ビジネスで「過去の規則性に則り、次を推測する」教育を受けている。
しかし現実はそれほど簡単ではない。
「不幸にも(幸運にも、と言うべきか)、次にくる事実を前もって入手できるなどということは決してありえない。われわれに持つことができるのは、単純であってくれという願望だけなのだ。そして次に来る事実は、いつもわれわれを一段と複雑なレベルへ押し上げる可能性を孕んでいるのである。」
「精神と自然-生きた世界の認識論-」グレゴリー・ベイトソン、新思索社刊
「芸術も、宗教も、商業も、戦争も、そして睡眠までもそうなのだが、科学もまた前提presupposition<思考以前の思い込み>の上に成立している。ただ科学の場合は、単に思考の道筋が前提によってきまるというだけではない。現在の前提の非を問い、非ならば破棄して新しい前提を造るところに科学的思考の目標があるのである。この点において科学の営みはそれ以外の人間活動と大いに異なる。」(同書)
震災後、不安定で定まらなかった私の思考はこの本に強烈な刺激を受けました。
今回の被害や原発事故を予見できた・できないという議論の「前提」に気が付いたからです。
それどころか、自分が専門としている「会計」の本質と弱点を見事に言い当てられた気さえしました。
会計・経営ツールの多くは「対前年比」をもとに組み立てられています。
そこにはベイトソンの言う「単純であってくれ」という願望、「単純であるはずだ」という思い込みがあります。
ただここから先、われわれの「これまで通りであってくれ」という思い込みは怪しくなりました。
-----と、まあ、こんな話をしまして、御立さんの「未知の領域のリーダーシップ」、そして志の吉さんの「千両みかん」に繋ぎました。
※注:「千両みかん」は番頭がみかんに価値があると「思い込んで」逃げる滑稽話。
ではこれから先、「2、4、6、8、10、12」の次に14が来ない日本になるとして、必要なものは、いざというときの「底力」ではないかと。
「底力」といえばサンデーサイレンス。
それで底力溢れるレースVTRを会場でお見せしつつ「底力」について話しました。
ふざけたふりをして、大切な内容を真面目に話したつもりですが、お客さんに届いたかどうかは?
---心配ですが、もう終わったので考えないことにしましょう。
「知覚による方法にほかならぬ科学には、真実かもしれないことの外在的で可視的なしるしを集め回る以上のことはできないのだ。科学はprove<証明>せず。probe<探索>するのみ。」(同書)
さて、GW最後の週末は競馬で「probe」して過ごしましょうか。
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コメント
4/28は楽しませていただきました。
昔は、四大元素(空気・火・土・水)ですべての物質が説明できていたのに、いまや、それでは説明できない。それと同じで、もしかしたら、今の科学では説明できない真実があるのかも、と思っています。
相対性理論が間違っている、ということを、中松義郎先生がおっしゃっているって聞いたことがありますが、日本が生んだ大天災もとい大天才の主張なので、科学の常識がちかいうちに変わるかも知れませんね。
投稿: かがみ | 2011年5月 9日 23:38