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2010年7月 5日 (月)

保守的なオヤジのひとりごと

汗をかく季節になると急に調子が上がる馬がいるが、そんなかんじなのである。
「あ~、よく寝た」ならぬ「あ~、よく悩んだ」というような爽快感。

うまい具合に、いま書いている原稿の編集者が夏休み入り。
どう転んでも催促はない。
なんだろう、この「先生が急病で自習」のような開放感は。
ゆっくり休んできてください、編集者殿。

もちろん編集者氏が嫌いなわけでもなく、彼が悪いわけでもない。
原稿の遅い自分が悪いだけなのだ。
そう自覚して汗をかきながら原稿に向かう。

少しだけ休憩、と、昼に猪瀬直樹さんの講演を聞きに東京国際フォーラムへ向かう。
「公認会計士の日」という訳の分からない記念日の特別講演。

講演の最後に猪瀬さんが「日本人はもっと言語能力を高めたほうがいい」とおっしゃっていた。
さすがフリー・ジャーナリストから東京都の仕事をするまでになった猪瀬さん。
政治の世界に入ったからこそ、改めて言葉の重みを意識されているのだろう
ふとマックス・ヴェーバーの一節を思い出した。

「本当にすぐれたジャーナリストの仕事には、学者の仕事と少なくとも同等の「才能」が要求されるということ(中 略)このことは誰にも分かっているとは言えない。」
「職業としての政治」マックス・ヴェーバー著 脇圭平訳 岩波文庫より

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私は自分の言語感覚が古くさいということだけは自認している。
言葉についての保守性だけはジジイ並であると思う。
だから自分の子どもを除き、周りに注意をすることも止めた。
言語は時代と共に変わっていくものだから仕方ないのである。

たとえば「○○○は大丈夫か?」と訊いたとして、
「大丈夫ですけど」
と答えられただけで実は腹が立っているのである。

私にとって「・・・ですけど、」という逆接のあとには、否定的なニュアンス続くのが当然であり、ならば「・・・ですけど、何なんだ?」と訊きたくなる。
何も否定がないのなら「・・・です」と言え!と思ってしまう。
しかしこれを口癖で使っている若い衆を責めても仕方ない。
彼らは彼らなりにこの世の強いもの全般に対して「全面的に了解したわけではないんです」と訴え、あるいは「大丈夫じゃなかったらごめんなさい」とリスクヘッジするクセが付いてしまっているのだろう。

最近気になって仕方ないのが「ある意味で・・・」という言葉。
「ある意味で正しいよね」
これは肯定でありながら明らかに否定のニュアンスを残している。
私にとってはその気持ち悪さがたまらない。これを多用する人間には鳥肌が立つ。

「ある意味」とは、いかなる意味なのか?
それを明確にして初めてこの表現が成立すると思っている私は完全に少数派のようだ。
菅首相がスピーチでこの表現を多用するのを聞いてもう時代遅れを自認した。
私の中で、政治家とは最も「ある意味」とはどういう意味か、その視点・視座を明確にしなければならない職業だからだ。
弱い立場の人間がやむにやまれず「ある意味で」と誤魔化して使うならわかる。
しかし一国の首相が「ある意味で」と多用するに至り、私の言語感覚が時代に合っていないということなのだろう。

どれだけ多数派が構成されても、いやなものはいやだから仕方ない。
これだからダメですね、頑固なオヤジは。

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コメント

’ある意味’は子供の中学で流行り言葉です。
この一言で、言語能力の拙さをカバーできるようです。
もっと強力なのが、先生が子供を注意するとき
’空気読めよ’・・これ、教師として怠慢の極みだと思います。

投稿: 海野 | 2010年7月 6日 00:20

言語能力か~!

日本人はディスカッションとか苦手なんだよね!

外国みたいに低学年から授業で訓練するべきだね!!

投稿: 就職君 | 2010年7月 14日 11:47

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