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2010年7月28日 (水)

新刊の校正。
体力は十分。気力も十分。なのに校正が辛い原因は・・・・「老眼」

小さい文字が見えなくて難儀しています。とうとう来ました。しかも一気に。
レーシックのせいだけではないようです。

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たまたま本屋さんを探索中、店員さんが棚に並べていたのを見て購入したのは
ビジョナリーカンパニー3 衰退の五段階

成功や飛躍について書かれた「ビジョナリーカンパニー」の1と2に次いで今回は「衰退」がテーマ。
ドラッカーのお弟子さんが「衰退」についてどう展開するか興味津々。
書店近くの喫茶店で一気に読み終えました。

結果、非常にいい本だと思いますが、今回は個人的に得るものなし。
「衰退の5段階」など、競馬で負けていく男たちで、どれだけ見てきたことか。

この本によれば企業の没落は・・・・
第1段階:成功から生まれる傲慢
第2段階:規律なき拡大路線
第3段階:リスクと問題の否認
第4段階:一発逆転策の追求
第5段階:屈服と凡庸な企業への転落か消滅

競馬でいえば・・・・
第1段階:運で10倍程度の馬券を当てて実力を過信
第2段階:有り金ぜんぶ突っ込んで外す
第3段階:外れたのを騎手と馬のせいにしはじめる
第4段階:減量ジョッキーで万馬券をねらいだす
第5段階:JRAだけでなく平日の大井競馬場に姿を見せる

著者のコリンズ氏によれば「衰退の芽を早期に発見できれば避けられる」そうだ。
これがこの本の趣旨。たしかに日本の大企業は「リーマンショックの影響で」と言い訳したり(第3段階)、アジア戦略の展開計画ばかり(第4段階)なので、現状を冷静に把握するにはいいかもしれない。

病気と同じで早く見つければ早く直るとのことだが、そんなものだろうか。
そんな気もするし、病気とはまったく違う気もする。
避けられたとして、つまらない気もする

破滅に向かうのがわかっていて、破滅に向かっていく奴がいる。
競馬をやる奴はみんな知っている。
そこにブレーキを掛けるのは「自分の器の小ささ」だけだということを。

「衰退の芽を早期に発見できれば避けられる」のが分かっているけど止められないのは「業」のせい。

業は病気とは違って直らないんだよな・・・。
「経営戦略」「win-win」「効率」が口ぐせの人たちには理解してもらえないけど。

そんなことを考えながら炎天下を歩く帰り道。

2010年7月20日 (火)

  お中元の季節、いろいろな人や会社から、いろいろなものを頂く。
 今年最大のヒットはこれだった↓
0720

 あつ~い季節に届いた「みかん」。落語「千両みかん」を思わせる一品。
 シャレも十分、そして冷やしたみかんのうまいこと。

  そういえば志の吉さんと八重洲ではじめてやったときの演目が「千両みかん」だったなあ、と懐かしく思い出す。
 思わず昨日の志の吉、国立演芸場独演会に「みかん」を差し入れてしましました(パクリ)。

 夏のみかんは高くて驚きました。○千円。千両ではなかったですが。

2010年7月16日 (金)

連休前の仕事を片付け、新幹線に飛び乗って名古屋に向かい楽天EXPOで講演。
その参加者が見ているかもしれないので「ご来場いただきありがとうございました」と書けばいいのでしょうが、B-sideにつき舞台裏っぽいネタを。

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今日の講演は大きい会場で、話の中身も会計ではない普通の話をしたので久しぶりに気分は「講演モード」。

・・・・それが、なぜか今日、上手に「形容詞」が出てこないんです。
聞いている人にはわからなかったと思うけど、自分の中ではかなりストレスが溜まっていました。
「もうちょっと、ましな形容詞を選べよ」と、もう一人の自分が講演中の自分を冷静に見ているような変な気分で。

講演のようにナマの話でも、文章でも、形容詞は重要なアクセントになります。
それが時として全体の雰囲気を決定してしまうほど。

私のなかで、形容詞の切れ味がピカイチだと思うのは柳家喬太郎さん。
「過去に・・・ということがありました」という事実を
「そのむかし・・・だったという、甘酸っぱい想い出です」。
と、ここで”甘酸っぱい”を選ぶのが彼の冴え。
そのさりげない形容詞のアクセントが喬太郎の雰囲気を作っている気がします。

だいぶ前、ご本人にそれを意識しているかどうか訊いたことがありますが、
「ぜんぜん意識してません」との回答。言語感覚ってやっぱり天然なんですね。

村上春樹氏の形容詞や例えも素晴らしいです。
「青豆は自分が神を信じていることに気づく。唐突にその事実を発見する。
まるで足の裏が柔らかな泥の底に固い地盤を見いだすように。」
「1Q84 BOOK3」村上春樹著 新潮社より
何気なく繰り出されるこうした表現には、喬太郎の形容詞に似たゾゾっとする切れ味を感じます。

自分がいま書いているビジネス書もどきでは、こうした切れ味鋭い形容詞や例えは必要でないので、どうしても日本語の感覚が鈍ってくるのでしょう。
形容詞も例え話も、表現の中の”余裕”のひとつ。
人生も言語も余裕のありかがその人そのもの。
そろそろ落語や講談で「いい日本語」を聴きに行かないと。ちょっと仕事しすぎた。

ビジネスで必要な「5W1H」ばかりでない、それを超えたところにある”余裕”を繰り出せる準備はしっかりしておかないと。
仕事やり過ぎの反省モード。

2010年7月15日 (木)

改訂中の本のデザインが届いた。そろそろ終盤だ。かなり洗練されている。
3年前にこのクイズ本「会計力トレーニング」を出したときはデザインもカラーもレイアウトも手探りだった。
しかし他の著者の方が続き、私の別のクイズ本も続き、シリーズっぽく何冊かが出されていくうちに洗練されてきたようだ。

汗ばむ昨日の夜はジャパン・ダート・ダービーの応援。
ダートとはいえ、日本一を決めるダービーにはちがいない。
3歳ダート王をきめるのは、夜の大井競馬場。
数年振りの大井競馬場はキレイに洗練されており、これまた驚く。
入場門でレーシングプログラムをもらうなんて思いもしなかったぞ。

このレーシングプログラムに出走馬の馬名由来が記されていた。
「スペイン語プレファシオPrefacioは前書き、序文。JDDという1冊の本に刺激的な序を記そうという好気配。英語に綴り替えると、=A Pi(円周率π)Force(力)。果てしなく底を見せていない力量が楽しみ。」(レーシングプログラムより引用)

なんだこれ、そんな複雑な馬名だったんだ。円周率の力!?
なんだかすごいじゃないか。オレは単なる「前書き」のつもりだったぞ。
それにしても大井競馬の関係者っていつからこんなにお洒落で博学になったんだ??
と思ったところ、英文学者先生の文章でした。うん、やっぱりそうだよな(失礼)。

自分が考えた名前にこんな解釈を付けてもらえるのはうれしいです。
自分が生みだしたものがみんなのまわりを1周して、大きくなって帰ってくる。
・・・・こういうのって格別です。

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ところで、馬はきっちり1周して帰ってきました。
4コーナーでは「勝ったか??」と拳を握りましたがやっぱり幻でした。
円周率っぽい馬名の馬だけに、割り切れぬ思いが残るレースでした。

2010年7月12日 (月)

健康というのは不健康の反対であるが正確には「不健康以外」である。
「健康」を意識しなければならないのは「不健康」の証拠。
健康な人間は、健康などまったく意識しないで生活している。

ここのところ「原稿に集中できる」状況にある。考えてみれば数年振りのことだ。
気が付けば健康のことをすっかり忘れて生活している。
やっと集中したい精神に体力がついてきた。「不健康」から脱するのに1年かかった。
衰えるのも回復するのも時間が掛かります。

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応援したのに民主党は惨敗してしまった。残念。
べつに民主党が好きでもなんでもない。個人的には自民党でも共産党でもどこでもいい。
この国がどうなろうと自分は自分で生きていくつもりだから。

ただ、リーダーがコロコロ変わる国というのは(私以外の)国民にとって最も不幸なことではないかと思う次第。
他の国からだってまともに相手にされないだろうし。
民主党に政権を取らせたのは我々なんだから、せめてもうすこし信頼してあげてもいいのではないだろうか。

信頼というのは、信頼される側の属性であると同時に、信頼する側の問題でもある。
いちいち揚げ足を取らないで見てあげないと。政治家も部下も子どもたちも。

それができるかどうかが「信頼する側」の懐の広さではないかと。
自分たちが選んだリーダーなんだから、もうちょっと時間を掛けて見てあげましょう。
リーダーは「育てる」ものでもあります。

2010年7月 5日 (月)

汗をかく季節になると急に調子が上がる馬がいるが、そんなかんじなのである。
「あ~、よく寝た」ならぬ「あ~、よく悩んだ」というような爽快感。

うまい具合に、いま書いている原稿の編集者が夏休み入り。
どう転んでも催促はない。
なんだろう、この「先生が急病で自習」のような開放感は。
ゆっくり休んできてください、編集者殿。

もちろん編集者氏が嫌いなわけでもなく、彼が悪いわけでもない。
原稿の遅い自分が悪いだけなのだ。
そう自覚して汗をかきながら原稿に向かう。

少しだけ休憩、と、昼に猪瀬直樹さんの講演を聞きに東京国際フォーラムへ向かう。
「公認会計士の日」という訳の分からない記念日の特別講演。

講演の最後に猪瀬さんが「日本人はもっと言語能力を高めたほうがいい」とおっしゃっていた。
さすがフリー・ジャーナリストから東京都の仕事をするまでになった猪瀬さん。
政治の世界に入ったからこそ、改めて言葉の重みを意識されているのだろう
ふとマックス・ヴェーバーの一節を思い出した。

「本当にすぐれたジャーナリストの仕事には、学者の仕事と少なくとも同等の「才能」が要求されるということ(中 略)このことは誰にも分かっているとは言えない。」
「職業としての政治」マックス・ヴェーバー著 脇圭平訳 岩波文庫より

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私は自分の言語感覚が古くさいということだけは自認している。
言葉についての保守性だけはジジイ並であると思う。
だから自分の子どもを除き、周りに注意をすることも止めた。
言語は時代と共に変わっていくものだから仕方ないのである。

たとえば「○○○は大丈夫か?」と訊いたとして、
「大丈夫ですけど」
と答えられただけで実は腹が立っているのである。

私にとって「・・・ですけど、」という逆接のあとには、否定的なニュアンス続くのが当然であり、ならば「・・・ですけど、何なんだ?」と訊きたくなる。
何も否定がないのなら「・・・です」と言え!と思ってしまう。
しかしこれを口癖で使っている若い衆を責めても仕方ない。
彼らは彼らなりにこの世の強いもの全般に対して「全面的に了解したわけではないんです」と訴え、あるいは「大丈夫じゃなかったらごめんなさい」とリスクヘッジするクセが付いてしまっているのだろう。

最近気になって仕方ないのが「ある意味で・・・」という言葉。
「ある意味で正しいよね」
これは肯定でありながら明らかに否定のニュアンスを残している。
私にとってはその気持ち悪さがたまらない。これを多用する人間には鳥肌が立つ。

「ある意味」とは、いかなる意味なのか?
それを明確にして初めてこの表現が成立すると思っている私は完全に少数派のようだ。
菅首相がスピーチでこの表現を多用するのを聞いてもう時代遅れを自認した。
私の中で、政治家とは最も「ある意味」とはどういう意味か、その視点・視座を明確にしなければならない職業だからだ。
弱い立場の人間がやむにやまれず「ある意味で」と誤魔化して使うならわかる。
しかし一国の首相が「ある意味で」と多用するに至り、私の言語感覚が時代に合っていないということなのだろう。

どれだけ多数派が構成されても、いやなものはいやだから仕方ない。
これだからダメですね、頑固なオヤジは。

2010年7月 1日 (木)

 原稿でアップアップのうちに7月。
 調べものを頼もうと思った某スタッフはハワイに出かけていた。
 友人からメールが来たと思ったらスペインに行くらしい。
 みんな、いいな。どうせオレは5時起きで宇都宮に出張だよ(笑)。

 サッカー日本代表が帰国した晴れやかな顔。
 アマは和して勝ち、プロは勝って和す。
 この違いはかなり大きい。4年後にもう動き出した雰囲気がいいね。

 田中塾参加者から続々と「動き出した」報告。
 資格の勉強を始めた人、猛然と古典を読み始めた人、私と同じジムに通い出した人。
 動くのはとてもいいことだと思う。
 とくに今のように「動かないリスク」が高まってきた時代は。
  動いて文句や悪口を言われている奴のほうが10年後にきっと勝つ。
 評論家の時代よ、さらば。

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 7月21日(水)、青山学院大学にて行われる
 「会計サミット-IFRSへの対応と日本の会計戦略-」
 に特別講演で出ることになりました。演題は、

 「会計国際化のいま、落語に学ぶコミュニケーション」


(最近、これくらい無茶なほうが話しやすい。飛ばしてきます。)

 私の特別講演のあと、IFRS関連のパネル討論会があります。
 パネリストの名前を拝見するに、IFRSの最新動向を学ぶいい機会です。
 無料なので興味のあるかたはどうぞ。

 詳細・お申込は → こちら