「可能性を広げる」不幸について
原稿その他の仕事が片付き、確定申告も終わり。
確定申告の資料を眺めながら、「これはストレスがたまるわ」と自ら納得。
いろんな仕事に手を広げすぎだ・・・。
公職からお笑い系イベントまで。相手は上場企業の経営者から幼稚園児まで。
たとえカネが増えたとしても、自分のなかでそれが消化できていないというのは気持ち悪い。
映画「炎のランナー」主人公の1人が「勝利を消化するのは難しい」と言っていたのを思い出す。
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ストレスの根本的な原因は「可能性が広がっていること」に尽きる。
「可能性が広がる」のは皆が言うほど幸せなことではない。むしろ辛くて厳しいのである。
私たちは「可能性が広がるのはいいことだ」という誤解が蔓延する世の中を生きている。
誰もそのことを教えてくれない。
「可能性が広がっている」とき、何かを選ぶことは何かを諦めることと同義である。
私たちは数ある可能性のなかから、たったひとつの人生しか選べない。
ある仕事を選ぶことは、他の仕事を諦めること。
就活中の学生にとって、入社する会社を選ぶことは、他の会社に入るのを諦めること。
婚活中の男女にとって、結婚相手を選ぶことは、他の人との結婚を諦めること。
いまの人たちが就職で苦しみ、結婚できない理由が「他の可能性」を諦めきれないからではないか?
経済学的なOpportunity Costの概念を持ち出すまでもなく、「もっといい会社(人)と出会えるかも?」と思っているかぎり納得して選べない。
あるいは選んだあとに「もっといい選択肢があったかも?」という亡霊に取り憑かれる。
意味もなく転職・離婚を繰り返しさまよう。
これは江戸や明治時代にはいなかったであろう平成の亡霊。
受験にわが子を立ち向かわせる親の多くが「わが子の可能性を広げるため」と言う。
本気でそれがわが子のためだと思っているとしたら、かなりめでたい。
決断とは、何かを選ぶことでなく、ほかの可能性を諦めること。
笑って諦められる強さ。こだわりを捨てられる潔さ。これが必要なんだろうな。
自分に言い聞かせているだけなんだけどさ。
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コメント
>>受験にわが子を立ち向かわせる親の多くが「わが子の可能性を広げるため」と言う。
本気でそれがわが子のためだと思っているとしたら、かなりめでたい。
それは違う。親も大変だし子供も真剣に取り組んでいる。開成や灘などの難関中学を受験する親たちの姿も、12歳の頃の浅田真央も宮里藍も、また、その親たちの姿もも、同じくらいに真剣だ。
要するに、中途半端に親が楽しようとするからダメなのだ。だから中途半端に習い事をさせ、結果子供が振り回される。難関中学受験は親も子も大変なのである。ゆえに絆も生まれる。
投稿: cool earth | 2010年3月 17日 22:36