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2009年12月14日 (月)

推薦図書:日本辺境論

電車の中で嬌声を上げる酔っぱらいたちに、「うるさい」と怒鳴りたくなる瞬間がある。
実際に叫んだことはないが、もし叫んだとしたら車内では「叫んだのはどんな奴だ?」と私の風体が見られるだろう。
で、イカレているふうだったらおとなしく黙る。弱そうだったら「ウザい」と見下す。
酔っぱらいにとって何を言われたかという内容より、「どんな奴に言われたか?」という他者が重要。
酔っぱらいは「誰に言われたか」だけには、どんなに酔っていても敏感。

正論は正しいから正論である。
でも、正論は正しいのに、正論を言う奴は正しくないという現象を目にする。
正論だからこそその中身でなく、誰がどの場でどうやって語ったのかが重要。
正論を振りかざされたほうは内容でなく、「正論を持ち出す人」について常に敏感。

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そんな不可解な疑問を持っていたところに衝撃的な1冊。
日本辺境論」(内田樹著)新潮新書

「つねにその場における支配的な権力との親疎を最優先に配慮すること。これが軍国主義イデオロギーが日本人に繰り返し叩き込んだ教訓だったからです。(中略)
とりあえず今ここで強い権力を発揮しているものとの空間的な遠近によって自分が何ものであるかが決まり、何をすべきかが決まる。これは決して遠い昔の物語ではありません」
(同書P42~44から引用)

「外部にある『世界標準』に準拠してしか思考できない私たち。教化的にふるまえない私たち」をどうやってその呪縛から解き放つかが問題になっているときに、「どこに行って誰に訊けば、やり方を教えてもらえるんですか?」とつい訊いてしまう。それが世界標準準拠主義なんです。
指南力をもつメッセージを発信するというのは「そんなことを言う人は今のところ私の他に誰もいないけれど、私はそう思う」という態度のことです。
(同書P98~99から引用)

最近不思議に思っていた多くのことについて示唆をもらった1冊。
「そうだったのか」という安易な解答は得られないが、「もしかしたらそうかも知れぬ」と思考の前提を否定される思い。
発見であり、悔しくもあり、それがまた痛快である本。
すくなくとも安易なビジネス書が流行り、IFRSブームが起こる理由はこの本で腑に落ちた。

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著者、内田さんの講演会があったので行った。
本だけで十分な刺激だっただけにおそるおそる出掛けたところ、ご本人は気さくなダンディーでほっとした。
しかし思考のネタやヒントは持ち帰れないほどたくさん。

内田さんは1984年が日本の転換点かもしれないと話されていたが、私も大学生だった1984年当時、妙な時代の風を感じた記憶がある。それで就職活動をやめたのでよく覚えている。
きっと村上春樹がこの年を選んで2つの世界が並び立つ小説を描き、ターミネーターが1984年に舞い降りたのは偶然でないだろう。

また内田さんの話をぜひ聞いてみたい。

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