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2009年12月31日 (木)

せっかくの休みも、下がらない熱のせいで寝てばかり。
困ったことに酒が飲めない。飲んでもうまくない。

振りかえるに、本格的に景気が悪くなってきたことを実感した年でした。
株価やマクロ経済指標とは無関係に、皮膚感として「これはまずいぞ」と思うこと多数。

会計士試験の合格者が就職できないという話もありました。
自分の若い頃を思い出しつつ、すこし可哀想だなと、

気が付けば自分が会計士に合格してから23年。人生の半分か、早いな。
あの試験を受けて得られたことが2つありました。
ひとつは難しい本の読み方を覚えたこと、もうひとつが「Input→変換→Output」の「変換」の重要性に気付いた事。

受験の専門学校で「講義」と「答練」と称するInputとOutputの講義が行われていました。
でも、それをこなすだけでは全然合格に近づいている実感が得られないわけです。
あるとき「自分の頭の中で消化していないからだ」ということに気が付いた私。
Iuputしたものを考え自分の中に消化しないでOutputしても、それは九官鳥のあいさつにすぎない。
だから自分で時間をとって徹底的に考える時間=自習時間をとらないと合格できない、と悟り、黙々と自習する受験生になりました。

「Input→考える→Output」。InputとOutputの間で考えることの重要性。
今年は「勉強法」ブームがありましたが、これはInput。
同じく「プレゼンテーション」とか「話し方」もブームはOutput。
「自分で考える」ことをしていない限り、所詮九官鳥レベルです。(九官鳥はやかましい)

そんなわけで今年の私は、初心に返って「自分の頭で考える」をテーマにがんばりました。
InpuしたものをOutputするまでの間に、徹底的に考えてみること。

・・・・しかし、1年の最終日になってそれが間違だということに気がつきました。
根本的に思い違いをしていたな、と布団の中で気づく自分。

自分ではいろんな勉強して、考えたつもりで、本や講演などで表現したつもりでいたこと。
それらはすべて壮大な「Input」の途中に過ぎない。まだまだ「考える」までの立派なレベルじゃないぞ、と。
Inputだと思えば、ぐずぐず考える前にどんどんチャレンジしないといけません。

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そんなわけでございまして、熱にうなされる寝床で、わが間違いに気づくというのも正月休みの味わいです。

来年は少々開き直って臨みます。

皆さま、ご縁がありましたらどこかでお会いしましょう。
楽しみにしています。それが一番の楽しみです。

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2009年12月30日 (水)

休みに入った途端、風邪の症状で熱っぽくなってきました。さんざんです。
どこに行く気もなく、仕方ないので資料整理など。
今年の写真を整理しつつ、そのなかから思い出のスナップ。

神田京子さん、小笹さんと一緒に「話し方教室」を新宿ゴールデン街劇場にて。
あのホールには来年もまた行ってみたい。
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これは「まぜるな危険2」、私と御立さんのトーク中に、喬太郎乱入の瞬間。
まさか2度の乱入はないと思っていたので不意を突かれた。
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八重洲ブックセンターにてパーソナルトレーナーの池澤智さんをゲストに講演会。
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こうしてみると今年もいろんなことをやったなあ、と。
来年はどうしよう、と考えようとしても熱で頭が動かず。

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2009年12月27日 (日)

殊勝にも「今年はいろんな人に迷惑を掛けた」と回顧する年の暮れ。
ならばこれ以上人に迷惑を掛けないためには麻雀でも飲み会でもなく、競馬しかなかろう。

土曜は愛馬の2戦目を中京競馬場までガキと共に遠征して応援。
出遅れておもいきり最後方からの競馬、届かず。真面目に走れよな・・・・。
「そういうこともあるよ,パパ」となぐさめる息子に「お前もだ、ちゃんと勉強しろ、バカ」と幼稚園児に逆ギレする父親。
(息子よ、すまん)

せめて日曜の有馬記念では、後輩の出資馬ブエナビスタ応援で取り返そうと目論む。
今年最後の大勝負と決め、本命サイドでもあり大きく突っ込む。
・・・・2頭の選択は正しかったが1着2着が逆。
単勝と馬単馬券が花と散る。
1年の最後、精神的・経済的にかつてないほどのダメージをくらいました。
誰かに姿を見られたくないほど意気消沈。

いつもながら競馬は学びが多い。
「願えども、馬には通じず」
上記の「馬」をあらゆるものに置きかえれば、それはそのまま人生の悟りとなる。
来年もこうして再び悟りを開き続けるのだろうか。

みなさま、どうか良いお年を。

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2009年12月21日 (月)

いよいよクリスマス・ウィーク。今年も、もう少しです。

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(↑写真は六本木ヒルズ)

夜、秋葉原のヨドバシカメラにて、ゲーム売り場のレジに並ぶ高齢のオッサンたち。
行列の平均推定年齢は40歳代。・・・・みんな大変だ。24日も近いしねえ。
(私は年末年始に自分で遊ぶゲームを買いに行っただけです)

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2009年12月14日 (月)

電車の中で嬌声を上げる酔っぱらいたちに、「うるさい」と怒鳴りたくなる瞬間がある。
実際に叫んだことはないが、もし叫んだとしたら車内では「叫んだのはどんな奴だ?」と私の風体が見られるだろう。
で、イカレているふうだったらおとなしく黙る。弱そうだったら「ウザい」と見下す。
酔っぱらいにとって何を言われたかという内容より、「どんな奴に言われたか?」という他者が重要。
酔っぱらいは「誰に言われたか」だけには、どんなに酔っていても敏感。

正論は正しいから正論である。
でも、正論は正しいのに、正論を言う奴は正しくないという現象を目にする。
正論だからこそその中身でなく、誰がどの場でどうやって語ったのかが重要。
正論を振りかざされたほうは内容でなく、「正論を持ち出す人」について常に敏感。

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そんな不可解な疑問を持っていたところに衝撃的な1冊。
日本辺境論」(内田樹著)新潮新書

「つねにその場における支配的な権力との親疎を最優先に配慮すること。これが軍国主義イデオロギーが日本人に繰り返し叩き込んだ教訓だったからです。(中略)
とりあえず今ここで強い権力を発揮しているものとの空間的な遠近によって自分が何ものであるかが決まり、何をすべきかが決まる。これは決して遠い昔の物語ではありません」
(同書P42~44から引用)

「外部にある『世界標準』に準拠してしか思考できない私たち。教化的にふるまえない私たち」をどうやってその呪縛から解き放つかが問題になっているときに、「どこに行って誰に訊けば、やり方を教えてもらえるんですか?」とつい訊いてしまう。それが世界標準準拠主義なんです。
指南力をもつメッセージを発信するというのは「そんなことを言う人は今のところ私の他に誰もいないけれど、私はそう思う」という態度のことです。
(同書P98~99から引用)

最近不思議に思っていた多くのことについて示唆をもらった1冊。
「そうだったのか」という安易な解答は得られないが、「もしかしたらそうかも知れぬ」と思考の前提を否定される思い。
発見であり、悔しくもあり、それがまた痛快である本。
すくなくとも安易なビジネス書が流行り、IFRSブームが起こる理由はこの本で腑に落ちた。

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著者、内田さんの講演会があったので行った。
本だけで十分な刺激だっただけにおそるおそる出掛けたところ、ご本人は気さくなダンディーでほっとした。
しかし思考のネタやヒントは持ち帰れないほどたくさん。

内田さんは1984年が日本の転換点かもしれないと話されていたが、私も大学生だった1984年当時、妙な時代の風を感じた記憶がある。それで就職活動をやめたのでよく覚えている。
きっと村上春樹がこの年を選んで2つの世界が並び立つ小説を描き、ターミネーターが1984年に舞い降りたのは偶然でないだろう。

また内田さんの話をぜひ聞いてみたい。

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2009年12月13日 (日)

たとえそれが気分の問題だとしても「仕事納め」を終えれば目覚めがいい。
土日は原稿の傍ら、本屋めぐり。

アフガニスタンと昆虫と江戸時代。調べたいことは山ほどあるのに、答えてくれるはずの本は見当たらず。
あるはずの本もほとんど絶版。
勉強法の本は山ほどあるのに、勉強をしようと思ったら本は無し。

どうにかならんか。勉強法はもういいから勉強させてくれ。
・・・と思っても、21年ぶりに書籍・雑誌の売上が2兆円を下回る世の中では仕方ないのか。
安易で新しい売れ線の本ばかりが平積みになる書店の風景が悲しい。

ビジネス書のコーナーにはIFRS(国際会計基準)関連のコーナーが平積みで登場。
私もIFRSには書店の本とまったく違うアプローチで臨むべく、始動しております。
売れ線など無視してわが道を行こうと思います。

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2009年12月11日 (金)

どうやら世間ではボーナスだったらしい。
もう20年以上もらった覚えがないので、よくわからない。

電車の中で同僚とおぼしきサラリーマンたちが
「ボーナスこんなに少ないんじゃあ、飲んでられないよ、」「帰ってヨメに怒られるよ」
と愚痴りあっているのを聞いて思い出した次第。

・・・・・逆だよ。

ボーナスもらっても飲まないような人生だからカネが入ってこないし、ヨメに怒られる。

・・・・・きっと、通じまい。独り言。

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本日12月11日(金)をもって今年の仕事納めとしました。

なにをもって仕事納めなのかよくわかりませんが、自営業にとって自分が終わりといえば終わりです。
今年の仕事は終わりました。もう義務の仕事はしません。仕事の皆さん、さようなら。

年内は書きたい原稿を書き、友人と飲み、麻雀を打ち、映画と本を楽しんで、来年の企画構想を練るだけです。

いいアイデアは出そうとすると逃げていきますが、遊んでいると降ってきたりします。
サンタさんがいいアイデアをもってきてくれますように。

今日は明日のことを考えず、気分よく寝られる。人生最高の幸せ。

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2009年12月10日 (木)

結婚する知人からパーティーの招待状をもらった。

これが近年まれに見る、素晴らしい手紙だった。

どういう内容だったかというと・・・↓

われわれの多くはネット上のボタンをクリックすることによって、多くの情報を入手できる。
たとえば「その手紙はどんな内容だったんだろう?」と思えば簡単に見ることができる。
・・・・・これが結局、われわれの思考を停止させている。

簡単にタダで手に入る知識など、ロクなものではない。
ビジネス書によくある「すぐに役立つ」「1分間で分かる」知識を寄せ集めても,「すぐに1分間で飽きられる」人間になるだけ。

その結婚式パーティーの招待状をくれた方は「そういうものに頼らない」人生を送ってきたであろう「自分の言葉で語れる」女性だった。

世間的な結婚パーティーの招待状とは形式も表現もまったく異なる、自分の言葉で書かれた手紙。

自分の言葉で話す。表現する。
結婚式パーティーの招待状ひとつにそれまでの人生がすべて表れる。
「これまで」に頼らず、「いいもの」を真似しない。
大切なことを再確認させてもらった。

こういう自分のことばで語れる女性を伴侶にした男性はどんな懐の広い人物なんだろう。
幸せだけど、大変かもしれないな(・・・・・と、本人が読んでいないことを祈りつつ想像)

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2009年12月 9日 (水)

2通の素晴らしいお手紙を受け取った。

ひとつは一昨日、ツルちゃんとの講演会後、忘年会に参加されたXさんから。
お金もろもろが届く。
持ち合わせのなかったXさんにお貸ししたのだった。

丁寧に書かれたお詫びの文章。
こんなに達筆な文章を和紙でもらったのは初めて。
「果たし状」をもらったような気分で嬉しくなります。

Xさん、もしこれを見ていたら、どうぞお気になさらずに。
私は昔、友人の結婚式でご祝儀を空で持っていってしまい、そこにいた受付の人に借りたことがあります。
忘年会で金がないなんて、ちょろいもんです。
ぜひ次回の「まぜるな危険3」は、売り切れの前にチケット購入してお越し下さい。

もう1通の素晴らしい手紙についてはまた明日。

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2009年12月 8日 (火)

競馬のジャパンカップに続けて日本の存在感について。

すでにメールなどをいただいておりますが、昨日のツルちゃんとの講演会にご来場の皆さま、ありがとうございました。

ハーバード・ケネディスクールK先生とお会いしてから講演会場へ向かったのですが、K先生の話があまりに衝撃的だったのでそのネタを講演で話しました。

・90年代に入ってからハーバードの外国語講義における「日本語選択者」が激減しており「中国語選択者」が激増している事実。

・日本人のTOEFLの成績が世界平均をはるかに下回り、アジアでも中国・台湾・韓国・北朝鮮にも遠く及ばない最低レべルである事実。

そのほか、日本にいるとわからない「世界の中の日本」の存在感がなくなってきた事実の数々。
・・・K先生の話を聞きながらあまりの衝撃に飲んでしまい、ツルちゃんとの講演には「デキあがった状態」で臨んでしまいました。どうもすみません。

どうなってるんでしょうね、この国は。
日本人が勤勉で優秀なのはまちがいないと思うんです。
でも、向かっている「方向」が本来行くべき方向からズレはじめている。
社内政治、目先の利益、形式的ルール・・・「内側」に時間と努力を費やしてふと「外側」をみれば、もうこれだけ遅れてしまったわけですね。
とくに日本の男性はいかんです。
インテリジェンスとユーモアに欠け、メタボで、儲けるのが下手なエコノミックアニマル。
悔しいです、ほんと。

そんなことを考えるうち、唐突に独演会をやりたくなってきました。年明けたらやろうかな。

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2009年12月 6日 (日)

先週のジャパンカップ(芝)に続き、今週はジャパンカップ・ダート。
世界no.1のダート馬決定戦のふれ込みだが海外馬は1頭しかいなかった。
日本の馬だけで争うジャパンカップ・ダート。

「世界に通用する馬づくり」を目指して行われたジャパンカップ(芝)は29回目。
はじまった29年前、世界の強豪と日本の馬が一緒に戦う「あいえない事態」に興奮した。
そして日本馬が全然かなわない海外の強豪に驚愕した。
(ついでに世の中がのんびりしていて、学生が馬券を買ってもうるさく言われなかった)

それもこれも昔の話。
ここ10回のジャパンカップ(芝)では日本馬は8勝。日本馬は強くなった

日本馬が強くなったのは事実だが、賞金面でドバイワールドカップに抜かれ、海外の強豪が来日しなくなったこともある。
そのドバイも経済的に厳しくなっている。
でもドバイがどうあれ、日本に強豪たちが戻ってくることはなさそうだ。

海外の強豪に逃げられはじめた競馬。
海外の力士に占領された国技の相撲。

日本の存在感が薄くなってきた気配を感じるのは気のせいか。
オバマが「中国に行く途中に立ち寄る」程度の国、日本。
馬やスポーツの話だと笑っていられればいいのだが

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