某雑誌の取材は「脱メタボ」について。そもそもなんでオレなのか?
いちおう期待に応えて身体と会社、国家の過剰と引き締めについて話し無事終了。
どれだけ記事にまとまるか不安なので、すこしここに書きます。
そろそろこのネタも卒業したいし。
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私は別に痩せたかったわけではありません。痩せたのは結果です。
痩せたのは鍛えたからで、なぜ鍛えたかというと「愚痴ったりゴマかしたくなかった」からです。それだけ。
ここ最近、年齢的にそろそろ「仕事を行う上でのピーク」を迎えつつある実感がありました。
おそらく40代後半は仕事でやりたいことがやりたいようにできる人生最高の時期です。
逆に言うとここで手抜きしてサボってしまうと、残りの仕事人生はお終い。そう思います。
問題は40代後半にピークを迎える「仕事実力カーブ」と、「体力カーブ」がまったく一致しないこと。体力のほうは年を取るごとに衰えています。
20代の体力ピークの時は仕事ができず。
40代後半で仕事ができるときには体力が付いていかず。
私の場合(傲慢にも)、これからしばらくやりたい仕事が増えて忙しくなる予感がありました。
その仕事カーブの頂上で体力カーブの下落が重なると何が起こるか?
「自分の思い通りにならない」という不満・不機嫌をまわりに愚痴る。
手帳と情報整理術を工夫し、部下をうまくこき使う、せこい効率野郎になる。
思い通りにならない事実を「すべては起こるべく起きている」と幸せ自己啓発的になる。
・・・・そんな想像をしているうち、うんざりしました。
上手くいかないことを愚痴ることもゴマかすこともせず、そのまま受け止めて腹を立てられれるだけの体力は持っていたい。
体力と気力がないと自分自身を怒れません(体力と気力のない奴はすぐ他人を怒ります)。
好みの問題ですが、私はどうも「すべては起こるべくして起きている」という幸せ肯定も好きではありません。
「起こっていることはすべてムカつく」というベビーサタンのような人間です。
(ときどき攻撃呪文がMP不足で失敗します)
それで結局、しかたないので「不幸を受け止められるだけの体力」をつけるべく鍛えまくった次第。
少々の不幸も徹夜の原稿も平気なまでに鍛えました。
そしたらたまたま痩せてしまったというわけです。
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痩せたことでそれをネタに妙なトレーニング会計本も書けたし、取材も受けたし。
もうこれでトレーニングネタは打ち止めにしたいです。
去年の年末は「まぜるな危険!」で落語コラボに一区切りがつき、今年の年末はトレーニングネタが終了。
来年はまた新ネタにチャレンジです。
「それは無理かもな」と思った途端、「無理じゃない!」と怒鳴るもうひとりの自分が居ます。
まだまだいけそう。
たとえ来年死ぬことがあっても、前のめりで死ぬことができそうです。