気の置けない仲間と飲んで話すと気も晴れる。飲み話の続き。
ここのところずっと「自立とはなにか」について考えた挙げ句、自分は根本的に思い違いをしていたことに気が付きました。
よく「人に頼らず自立せねばならない」とか「会社に寄りかからず転職ができるように自立せねばならない」というフレーズを聞きます。
でも「オレはこうやって自立したんだよ」と人に自慢する奴がいたとして、それってぜんぜん自立っぽくないわけです。そういう人に限って「あなたも自立しないとダメだ」と声高に騒いでうるさい(そういうタイプの人が増えました)。
でも実は本人のいないところで「あの人って自立してるよね」って影で噂されるくらいが、ホンモノの自立ではないでしょか。
結局、自分の自立を決めるのは自分ではない。
自立しているかどうかは自分ではなく、他人が決めるものではないかと。
だからといって、人に自立していると思わせるような努力をしたり、人の評価を高める努力をすればいいのかというそれもちがう。
人から高い評価を得るために、どれだけ本が売れたかとか、どれだけ有名になったかとか、そういうことばかり考えるとダメ人間になりそうで。
そろそろ人の評価につながる「結果」より、その結果がでるまでの「プロセス」を真剣に考えて没頭したくなりました。初心に返ってすべて勉強し直し。勉学の秋。
まずは実力もないくせに原稿締め切りに追われる悪循環を断ち切ろうと思います。
いま書きかけ中の単行本原稿を終わらせたら、しばらく本の仕事はお断りしようと決めました。
でも書くことは止めません。
企画が立ち消えになってしまった本の原稿を、時間をかけて書き続けようと思います。
ちゃんと勉強しながら。納得いくまで。
いつか縁があれば、そして運が良ければ、どこかの出版社が出してくれるかもしれません。
どこも拾ってくれなければ自分で出せばよし。いまは結果よりプロセス。
効率的に結果を出すより、結果が出なくても努力し続ける闘争心のほうが大切。
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かつて知り合いの某有名落語家さんに「師匠、今日の○○新聞の一面コラムに出てましたよ」とメールで教えてあげた日のこと。
その日の夕方に会ったその師匠、「田中さんに連絡もらって、急いでコンビニ行って○○新聞買いました。ぜったい悪口書かれたと思って。そうじゃなくてよかったです」
もう悪口書かれるわけないのに、本気で心配しホッととしている師匠をみてカッコイイな、と思いました。
私のなかではこういうのが自立のイメージです。世間一般とはちがうと思いますが。