« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月28日 (月)

連休の気付きは「もっと子どもと一緒に過ごす時間が必要だ」ということ。
一緒に時間を共にすることでしか伝わらないことがある。
しかしそれは絶対的な時間数を意味するものでない。
父親は背中で語るのである。これがわかっちゃいるが難しい。

*********************************

そんなことを考える日常の始まり。夜は若人を誘って格闘技の試合観戦。
残念なことに私の先生は判定で負けてしまった。

リングの至近距離、ずっと息をのんで見ていたので呼吸困難に陥ってしまった。
いまもまだ息が苦しい。

彼らファイターに手抜きという文字はない。
判定負けでガックリしても輝いている。
いや、人前でガックリできるくらい手抜きなしに戦ったからこそ輝いている。

自分の世界がいやに小さく見える。まだまだ手抜きをせずにやらないといかんよな。それをたまたま誰かが気付いたとき「背中で語った」ことになるのかもしれぬ。

年下のファイター先生に背中で語られてしまった。完全にやられた。

2009年9月27日 (日)

どうやって人と知り合いになるか、どうやってビジネスの相手を見つけるか。
これは個人によってかなりちがっており、人はそれぞれに自分のパターンを持っているように思う。

私の場合、誰かの紹介によって人と仲良くなるケースがきわめて少ない。
紹介はするのもされるのも苦手である。そこに理由はない。
ホームパーティーに呼ばれると10万円払っても断りたいと思うし、「思わずくつろいで長居してしまいます」とぜったいに言われない家庭を築くのが夢だった。
よくよく考えてみるに、私が信頼している人間のほとんどは自分の講義が縁で知り合ったことが始まりになっている。昔の教え子、講義に来てくれた受講者などなど。
講義がもとでつながった縁というのは格別である。10年、20年以上経っても勇気づけられる。たった一言、たった一通のメールだけで十分。
また、こうした講義を聞いてくれた人から、「ぜひこんな仕事を」と頼まれたケースでは高い確率でうまくいっている。向こうも私のことを分かってくれており、こちらも遠慮せずモノが言える。

一方、人からの紹介で会い「ぜひ噂の田中さんにウチの会計コースの担当を」というケースはほとんど失敗に終わる。
・・・ちなみに「噂の田中さん」って大げさな人に限って私の話を聞いたことがなく、本も読んでない。こういう人からの依頼って自分のなかで消化できない。「この人、自分の仕事をうまくやりたいだけなんだろうな」としか思えないし(ホント心が狭い、オレって)。

いろいろ考えた挙げ句、いまの原稿を終わらせたら、来年はありとあらゆる講義・講演・セミナーの場に出ようと決めました。新鮮な出会いと感動を求めて。

原稿の締め切りに追われてプレッシャーに苛まれ、新規プロジェクト企画に唸り続け、新しいメディア収録の仕事でも空しさを感じてしまった今年の反省。こんな生活はもうイヤだ。

効率的なロングテールも、デジタルなつぶやきも、クリティカルな発想もなにも要りません。実際、目の前にいる人だけを大事にするライヴの仕事に集中してみたい。アナログへの原点回帰で徹底的に自分を鍛え直してみようと思います。

会計界がIFRSで揺れはじめた今だからこそ、これを踏まえて信じる道を進んでみよう。
変化の時代こそ、新しい流行を追わず基本に忠実に。

2009年9月26日 (土)

連休のはじめにチビが高熱。これはインフルエンザだろう、と思ったら普通のカゼ。
するとこんどは母親が体調不良。

家族がそれぞれに病気、やるべきこと、人間関係、ストレスを抱えはじめた。
もはや健康で笑顔の家族団らんの食事に出掛けることすら難しい状況。
子どもが小さい頃は連休といえばレストランで楽しめたものだが。

自分も同じ3人兄弟として、自分の親はよくがんばってここまで育ててくれたなあ、と溜め息。
一見平凡に見える日常こそ、苦労と奇跡に近い幸運の積み重ねによって成立している。
1人を育てるのにここまで大変なのに、これから3人も。
はるかに長い先を思い、またもや溜め息。

2009年9月25日 (金)

久しぶりの知人と飲むのに「何時からでもいいよ」と伝えたら5時から飲むことになった。
学生じゃないんだからさ。ちゃんと仕事しようよ、偉いんだから(苦笑)。

早く家に帰ってみると、夏につかまえたカブトムシの最後の1匹が死んでいた。
・・・・これがイヤなんだよな。だからイヤなんだよ、ペットを飼うのって。虫でも。
小学生のとき、捨て犬だったのを拾って飼っていた愛犬が車にはねられて死んだ。
それ以来、どんな生き物でもペットとして飼うのは気分的にダメ。
主のいなくなった虫かごを見るだけでつらい。

2009年9月24日 (木)

仕事場の近くだけで、会社の引越を3軒見つけた。
連休が明けると職場がきれいサッパリなくなってしまう不景気。
引越業者の手際の良さはすばらしい。これもまた不景気ならではなのか。

独立してはじめて事務所を借りたとき、保証金という名のぼったくりに卒倒しそうになった。そのうえに机やコピーなど備品を揃えていくと本当に卒倒するほどカネが消えた。
とても引越業者にまでカネを払う気になれず、荷物はトラックを借りて自分で運んだ。懐かしい思い出である。

いまのところ近所で従業員が自分で引越を行うのを見たことがない。
そんな彼らが羨ましいやら、気の毒やら。

2009年9月16日 (水)

オヤジの特徴2:いつなんどきも「取り急ぐ」

時速100キロが要求されるビジネス最前線を、25キロでバタバタと走るオヤジ。
オヤジたちは職場と社会から常にせかされ、のんびりするヒマはない。
メールの冒頭や終わりでいつも取り急いでいる。

「取り急ぎご連絡差し上げました」
「取り急ぎ日程のみお知らせします」
「取り急ぎのメールで失礼しました」

彼らに取り急がない日々はやってくるのだろうか?
・・・・たぶんやってこないだろう。

なぜなら取り急ぎの裏側には
「本当はもっとキチンとすべきところ、かつ、本当はキチンとすればできるんですが、今回だけは取り急いでゴメンなさい」
という言い訳が含まれているからだ。
言い訳を長く続けていると、必ずそこから逃れられない人生になる。

そろそろ不景気で忙しさに拍車が掛かってきた今年あたり、
「取り急ぎメリークリスマス」とか「取り急ぎ明けましておめでとうございます」
というメッセージが届くだろう。きっと。

もうすこしすれば婚活で結婚したカップルから
「取り急ぎこの相手と結婚しました」
またビジネスと出産育児を両立させているスーパー・ウーマン・オヤジからは、
「取り急ぎ2人目を出産いたしました」
という知らせのカードが届く日もそう遠くはないであろう。たぶん。

以上、取り急ぎ。

2009年9月14日 (月)

電車の中で、いい年のオッサンが携帯でゲームでピコピコやっている姿をよく見かける。
電車の中で化粧をするオバさんもいる(「たいしてかわんねーよ」と私は微笑ましく見ている)。

医者の友人と話をした際、最近、働く女性の肌荒れがひどいという話があった。
なんでも30代女性のニキビまでが増えてきているそうだ。
男中心のビジネスで頑張りすぎて、ホルモンバランスが崩れてきているのかもしれない。

世の中に、年齢や性別による差がだんだん無くなってきている。
そんななか、会社やビジネスの現場でいわゆる「オヤジ」が大量増殖している。
ここでいう「オヤジ」は年齢・性別を問わない。若いオヤジも女性のオヤジもいる。
世の中にオヤジが増えたなあと思いつつ、私が思う「オヤジの特徴」を整理してみた。

**************************************

オヤジの特徴:すぐ「バタバタして」と言う

オヤジはよく真面目な顔で「バタバタしておりまして」という。メールにも書く。
不思議な言葉だ。小学生や中学生が使うのを聞いたことがない。
そもそもバタバタとはなんなのか? 広辞苑を引いてみた。
「物事がはかどって早く進行するさま」
・・・・うーん、ちょっとニュアンスがちがうぞ。
むしろ「進行しておりまへんがな」という諦め、疲労感を含んで使われている。
「バタバタして連絡が遅れました」というふうに。
オヤジは言葉本来の意味を、いつの間にか言い訳に変えてしまうパワーを持っている。

そういえば本田宗一郎が戦後はじめて自転車に小型エンジンをのせた2輪をつくったが、この通称が「バタバタ」。時速は最高25キロだったらしい。
・・・・こちらのイメージだな。

経営のIT化が進み、業務の効率化が求められる職場を、オヤジは今日も時速25キロで「バタバタ」と叫びながら疾走する。

(つづく)

2009年9月13日 (日)

慌ただしい1週間の終わりの土曜日は雨。どっと疲れが出る。
翌日の日曜日は秋晴れ。ありふれた日常に感謝する1日。

突然に元気が出てきました。

「あとはこれだけ終わらそう」モードに入っていた単行本原稿も、惰性ではじめつつあった今週から始まる新プロジェクトにも、「これが新たな始まりだ!」と元気が出てきた。

意味不明に、さあ、やるぞ!

そんな週末、メルマガに「まぜるな危険2」のことを少し書きましたので以下に転載します。
なんとなくもう過去の話になり、改めて書く気がないのでよかったらご覧下さい。

*********************************

 9月7日「まぜるな危険2」日経ホール、田中・御立・喬太郎3人会無事終了
しました!
 多くの落語ファンの皆さまから「メルマガ読んでますよ」と言われ、ビック
リしましたが、気にせず書くことにします。

 会場はチケット完売の満員御礼。準備は万端・・・のはずが会場のサウンド
チェックが終わったのが開場1分前というスリリングな状況。
 なにせこの会がホールでの初落語だったため、音のチェックはかなり神経を
使いました。落語の場合、お客さんの耳にどう届くかは生命線ですからね。

 これで本当に大丈夫なのだろうか? と不安を抱えつつ、オープニング。
 照明、音、何もかもがぜんぶ気になって仕方ありません。
 緞帳が上がり、用意したニュースのサウンドが流れて一安心(開口一番は落
語家さんと見せかけて、ニュースキャスターの小笹さん)。
 「リハーサルで柳家喬太郎が携帯を鳴らしたスタッフに腹を立て、殴る蹴る
の暴行を加えて神田警察署に逮捕されました。」のニュース部分で喬太郎さんが
ステージに乱入(ニュースはもちろんウソです)。予定にない乱入にステージ
袖も爆笑でした。

 次に私と御立さんの「究極のビジネススキル・落語」部分でも、御立さんと
私が喬太郎さんを持ち上げたところで、またもご本人乱入。まさか二回目の乱
入があるとは思わなかったので、素にもどってウケてしまいました。

 続いて私・御立さんの講演、中入りのあと喬太郎さんは「竹の水仙」。
 私は前座っぽく短めに。本当はここから盛り上げるぞ、っというところでし
たが、思い切って切りました。品川心中(上)という感じです。
 あとを頼んだ御立さんが前回とはかなり違う、柔らかい雰囲気で講演。気合
いが伝わってきました。気合いって、力を入れて難しくすることじゃないんで
すねえ。柔らかくする気合い。落語家っぽい。
 3人の分担が流れで「田中:体、御立:心、喬太郎:技」となったので、喬
太郎さんは左甚五郎もの「竹の水仙」を選んでくれました。説明不要の爆笑。

 そのあと軽いご挨拶の予定で3人揃ってトーク。ところがかなり長いトーク
になりました。なかなか聞けない喬太郎さんの本音トークには、ビジネスマン
からも落語ファンからも「よかった!」という声。ほっ。

 そんなわけで舞台裏は大変な緊張の連続でしたが、この二回目となる「まぜ
るな危険」イベント、死人も火事もテロもなく、無事終了することができまし
た。お客様はじめ関係者の皆さまには深く感謝する次第です。

 ・・・・そんな一息ついた状況にも係わらず、どうしてなんでしょう?
 自分でも解釈不能な、妙な消化不良感があって、「ぜったい次は」と燃えてい
ます。今回もたいへんだったというのに。我ながらバカです。ほかの仕事もたく
さんあるというのに。
 すでに私の頭の中では3回目の構想もタイトルも決まっていて、ぜったい次も
御立さんと喬太郎さんに出演をお願いしようと勝手に決めてます。
 なんなんでしょう、この先走り状態は。
 でも、反省などを踏まえて「こうすればもっと面白くなる!」と、頭が動き出
すと止まらないんです。こんな私を誰か止めてください(笑)

*************************

 本の執筆でもステージでもそうですが、「著者・演者」として表に立つ人間が
居る裏側で、大勢のスタッフや関係者がそれを支えてくれています。
 表に立っている私の姿を見て「もっと頑張ってくださいよ!」と思っている
スタッフや関係者がいるかもしれません。

 そんなスタッフ・関係者には感謝の気持ちを忘れずに・・・・という多少謙
虚な気持ちもありますが、実はそういうの、あんまりないんです。

 お礼を言うくらいだったら、次にもっといいものを創ってお客さんを喜ばせ
たほうがいいんじゃないかと、勝手に確信しています。
 ・・・自分でもすこし間違っている気がしますが、ダメです。止まりません。
 顧客満足 > 従業員満足 > 株主満足 ってかんじですか?
 うーん、よくわからない。

2009年9月11日 (金)

鈴虫の音が秋を感じさせます。目で見るより、耳で聞く季節が一番心地良い。

今日は9.11。調べたら同時多発テロが2001年。もうあれから8年ですか。
はやいものです。

私がはじめて落語を聞いたのは4年前の9月。
そこからの出来事を考えると、こちらも本当にはやいものです。

3年あるいは4年の月日は、なにもしないと年を取るだけ。
やろうと思えば何でもできる長さです。

2009年9月 9日 (水)

でかいイベントなどが終わったせいか、気が抜けたサイダーのようです。
しかしやることが多く、気が抜けたサイダーをムリヤリ振り回して泡立てる1日。
そんな1日の終わりにはいいプレゼントが待っているもんです。

新刊の打ち上げ。
私、編集者、私のスタッフ、イラストのデザイナーさん、制作会社の皆さん。
中華の円卓を囲んで、長い長い仕事がすべて終わったあとに名刺交換して初対面の食事。
「あなたがあのイラストを描いてくれた・・・!」
「あなたが著者の・・・!」
すでに書店には新刊が並んでいる状況で、本当に不思議な光景です。なかなかこんな楽しい食事はありません。

パソコンでメールを見れば、嬉しく元気が出るメールが数通。

*************************************

イベントでいえば、裏方を勤めてくれるスタッフ、チケットなど諸々を仕切ってくれる会社の皆さん、無理を言っても対応してくれるホール関係者・・・・。
そういう多くの人たちに支えられて、私にスポットライトが当たっている。
お客さんは出演する私の会だと思っている。

本でいえば、出版社の編集・営業、制作会社の編集・企画・デザイナーさん、イラストレーターさん、私のスタッフたち・・・・。
そういうすべての人たちに支えられて、私の名前で本が出ている。
読者は著者の私の本だと思っている。

要するに、この事実をどう消化するかということです。自分自身が。
これを「責任」と捉えるようではお終い。こんなに幸せな立場にいる自分よ、「どうするんだ?これで終わりかい?」帰り道にずっと自問自答。
もっと謙虚にかつ傲慢に。まだまだ足りない。「次を見ていろ!」月夜に叫ぶ夜。

*************************************

喬太郎さんが最後のトークで真面目に語ってくれた「弟子を取らない理由」がずっと頭のなかにあります。いまの私には本当にいい話でした。

2009年9月 8日 (火)

秋晴れの昨日9月7日、日経ホールにて「まぜるな危険2」。

・・・・・終わりました。疲れました。飲み過ぎました。
詳細を書く元気はまだありません。

演目は
・開口一番:小笹俊一「7時のニュース」
・田中靖浩:「特命会計士」
・御立尚資:「駅伝とボカッチォ」
・柳家喬太郎:「竹の水仙」

緞帳が降りた直後の記念写真↓
0907_3

多くの方からお花や差し入れをいただきました。事務所は花とお菓子とお酒で溢れております。
励まし、感想なども多数いただきました。
本当にありがとうございます・・・・でもあまり甘やかさないでやってください(笑)。

2009年9月 5日 (土)

腹が減ると怒りっぽくなる女性って多いですね。
(少なくとも私の人生で見る限りは多かった)
どうやら私は「勉強する時間が少なくなると怒りっぽくなる」ようです。

原稿を書いたり、話したりするのはそれはそれで好きなのです。
でも、そんなアウトプットばかりで、勉強の時間が少なくなると怒って凶暴になる。
過去を振り返って、怒るのはいつも「勉強する時間をよこせ~」というときばかり。
いまは非常にまずい時期です。
人に迷惑を掛けないためにも、アウトプットを削って時間を作らねば。

**********************************

家元・談志が病気で休養に入ると聞きました。
心配です。悲しいです。あの挑戦的・挑発的な高座をぜひともまた見てみたい。
草食系談志なんて似合わない。肉食系への復活を心より祈ります。

2009年9月 4日 (金)

昨夜、酔っぱらってブログを書いた本日の朝、日経新聞で自分の新刊広告を発見。
「大事なのは本の売上げじゃない!」と書いた矢先に、目立つ広告を見て気まずい思い。

てきとうにピンフで上がったら、親が役満張ってたのを見てしまったような気分。
・・・この夏はずっとこんなかんじです。リズム悪し。関係者の皆さま、申し訳ない。

新刊は「12日間プログラム 決算書トレーニング」日本経済新聞出版社刊

「決算書」ではなく「トレーニング」に力点を置いた本。私の血と涙のトレーニングを元にした会計書です。
身体の引き締めと会社の引き締めを比べてみました。読んで痩せられる(かもしれない)不思議な本です。

********************************

リバウンドどころか、まだ痩せ続けています。
新聞などで顔写真が出るたびに「身体は大丈夫か」「何の病気だ」「メシは食っているのか」と心配されています。

友人諸君よ。君たち、心配している場合か。私はメチャクチャに元気だ。
駅でエスカレータを使うことはない。「ふ、メタボ行列め」と横目で笑いながら階段を駆け上がっている。
体脂肪率はもうすぐ半分、身体が締まってスーツも全部買い換え、とんでもない大損だ。
これを新刊の印税で取り戻すしかあるまい。

********************************

身体が元気であることが喜怒哀楽を激しく感じられる原動力なのかもしれません。
元気がないと明るく怒ることもできず、ジトッと暗くなるばかりだからね。

2009年9月 3日 (木)

気の置けない仲間と飲んで話すと気も晴れる。飲み話の続き。

ここのところずっと「自立とはなにか」について考えた挙げ句、自分は根本的に思い違いをしていたことに気が付きました。

よく「人に頼らず自立せねばならない」とか「会社に寄りかからず転職ができるように自立せねばならない」というフレーズを聞きます。

でも「オレはこうやって自立したんだよ」と人に自慢する奴がいたとして、それってぜんぜん自立っぽくないわけです。そういう人に限って「あなたも自立しないとダメだ」と声高に騒いでうるさい(そういうタイプの人が増えました)。
でも実は本人のいないところで「あの人って自立してるよね」って影で噂されるくらいが、ホンモノの自立ではないでしょか。

結局、自分の自立を決めるのは自分ではない。
自立しているかどうかは自分ではなく、他人が決めるものではないかと。

だからといって、人に自立していると思わせるような努力をしたり、人の評価を高める努力をすればいいのかというそれもちがう。
人から高い評価を得るために、どれだけ本が売れたかとか、どれだけ有名になったかとか、そういうことばかり考えるとダメ人間になりそうで。

そろそろ人の評価につながる「結果」より、その結果がでるまでの「プロセス」を真剣に考えて没頭したくなりました。初心に返ってすべて勉強し直し。勉学の秋。

まずは実力もないくせに原稿締め切りに追われる悪循環を断ち切ろうと思います。
いま書きかけ中の単行本原稿を終わらせたら、しばらく本の仕事はお断りしようと決めました。
でも書くことは止めません。
企画が立ち消えになってしまった本の原稿を、時間をかけて書き続けようと思います。
ちゃんと勉強しながら。納得いくまで。
いつか縁があれば、そして運が良ければ、どこかの出版社が出してくれるかもしれません。
どこも拾ってくれなければ自分で出せばよし。いまは結果よりプロセス。
効率的に結果を出すより、結果が出なくても努力し続ける闘争心のほうが大切。

***********************************

かつて知り合いの某有名落語家さんに「師匠、今日の○○新聞の一面コラムに出てましたよ」とメールで教えてあげた日のこと。

その日の夕方に会ったその師匠、「田中さんに連絡もらって、急いでコンビニ行って○○新聞買いました。ぜったい悪口書かれたと思って。そうじゃなくてよかったです」

もう悪口書かれるわけないのに、本気で心配しホッととしている師匠をみてカッコイイな、と思いました。
私のなかではこういうのが自立のイメージです。世間一般とはちがうと思いますが。

2009年9月 1日 (火)

 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
 選挙と台風も過ぎ去って9月となりました。
 私の8月は期待が高かったものの、史上最低の8月でした。

 やることなすことぜんぶがうまくいかず。
 頑張った原稿は読み直すと最低。
 気分転換で帰省すれば、帰り道は東名が崩れて帰れず。
 願えば叶わず。思えば届かず。
 表面的にはうまくいっているようで、タテ目(注)をくらいまくった夏。

 こんなときは何もかもが目に悲しく映ります。
 夏に捕まえた天然のかぶとむしが、だんだん飼育箱のなかで従順になっていること。
  自民党の落選した人の顔。
 台風一過で街にカラカラと転がっている空き缶。

 何を見ても「自分みたいだ」と溜め息がでます。
  この9月こそはいい月に・・・・とは思わないようにします。
 淡淡と。そのうち、そのうち。

注:競馬で1-2、1-3と買って2-3がくること。
  惜しいようで結局外れているという例え。