スタッフが「謝辞」に大受け
志の吉さんと某市法人会での公演、さいごの「謝辞」にスタッフが大ウケして撮ったスナップ↓。
経営者が多い会につき、私は得意ネタの「二宮金次郎伝」、志の吉さんは「千両みかん」。
笑いだけでなく「商売についていろいろ考えさせられました」との感想。
ねらい通り。嬉しかったです。
志の吉さんと某市法人会での公演、さいごの「謝辞」にスタッフが大ウケして撮ったスナップ↓。
経営者が多い会につき、私は得意ネタの「二宮金次郎伝」、志の吉さんは「千両みかん」。
笑いだけでなく「商売についていろいろ考えさせられました」との感想。
ねらい通り。嬉しかったです。
こだわりがあるとすれば、あと30年後も文章だけは書いていたいと思うようになりました。
そのためには30年後も生きていて、書く体力がなければならない。
---これはなんとか大丈夫そう。この3ヶ月で取り戻した。もし死んでいなければ書ける気がする。
あとは少しずつ少しずつ書き続けねばならない。多作は無理でも、自分の課題を見つけつつ。
---あと数日を頑張れば、今年の新作を夏には出せそうだ。
ならば、あとはいろいろなものに触れていかねばならぬ。
幸い今週も喬太郎さんの新作ネタ下ろしを見て苦闘に触れられたり、
1925年サイレント映画「オペラ座の怪人」+生演奏という新鮮な舞台も見られた。
(オペラ座は日経ホールだったため、なんとなく「まぜるな危険2」下見モードで落ち着かず)
気力、体力、心力。
30年先を思うと、どれもこれもまだまだ足りんなあ。
脱稿間近で死にそうな追い込みのなか、明日は志の吉さんとの共演。
笑っている場合ではないのだが・・・・こういうときこそ笑って舞台を楽しむことにしよう。
笑っていなければ、書く以前に生きている意味がない。
ハードな仕事に疲れ果て、自分に怒り、夜、酒を飲んでいると幼稚園の息子が寄ってきて、
息子「パパ、おとなになったら何になりたい?」
私 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
1日ずっと考えた挙げ句、どう答えればよかったのか、いまだ回答は見当たらず。
いくつかの能力は、本人が上げようとしても上がるものではないと思うようになりました。
しかし上がるときには勝手に上がる。
とくに「時間がない」ときには勝手に上がる。
昔から締め切り前にはそんな思いをしてきましたが、これを人工的につくることも効果的。
忙しいときほどわざと無茶をすると、「やばいぞこれは」と全身と五感がフルに動く。
受け身の無茶より能動的な無茶は効果は絶大。
日帰りで能登まで行った帰り道に本を3冊読み、そのあと好調に原稿を書きながら。
原稿といえば昔は原稿用紙にペンで書いたものですが、いまやパソコン。
形としては味気なく、しかも身体に悪い作業です。
昨日、いま書いている本のイラスト案を見せてもらいました。
こういうのひとつで、ぐぐっとイメージが膨らんで文章が変わるから不思議です。
ビジュアルは偉大。
描いている本人と会うことはないでしょうが、こういう「見知らぬ同士の共同作業」は嬉しいものです。
原稿に没頭する日々が続くと、外の世界とバランスが取れなくなってきます。
自分の世界に入り込みすぎて自己励ましと自己否定の繰り返しになり、誰と飲んでも迷惑を掛けるひどい人間性。
こういうときは独りぼっちで飲んでいるほうがいいみたい。
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トレーニングは続いており、体重7キロ減、体脂肪率7%減、腹回り7センチ減を達成。
・・・・そろそろ飽きてきました。
身体がぶっ壊れて入院するとか、食事制限で気が狂うとか、
そういうドラマチックな展開を期待しましたが何も起こりませんでした。
やることをやれば元気になって痩せるというアホらしい結末。ぜんぜんつまんねーの。
そんなつまらないネタですが、この成果は8月の新刊で披露される予定です
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自分のなかで「気配を消す」というのが人生最大のテーマになってきているのですが、
スタッフにも友人にも仕事仲間にも、誰に話してもわかってもらえません。
いつも「ワケが分からないことを力説する人」と化しています。
もどかしいのでここで書こうと思いつつ、本気の思いはうまく言葉になりません。
言葉を探せば探すほど心から遠ざかる。嗚呼、もどかしい、もどかしい。
8月刊行予定の原稿を書いております。(でも書いては消し、書いては消しでなかなか進みません)
その合間に本屋さんには毎日5回くらい行きます。
探しているマニアックな本を店員さんに頼むと、「こちらで少々お待ちください」と言い残して行ってしまいます。
きっと親切心なのでしょう。
・・・・・でも私は、その本がどのコーナーにどんなふうに置かれているのかも知りたいので、必ず店員さんのあとを追いかけます。
すると店員さんは「私が持ってまいりますので・・・・」
でも私は説明するのがめんどくさいので、ニコニコしながら店員さんを追いかける。
そのさまは勇者とともにダンジョンへ向かう魔法使い状態。(分からないかた、すみません)
梅雨入りで、仕事ばかりで、おもしろくない日は昼食めあてに長めの散歩。
なんとなく入ったそば屋。
元気なおばあちゃんが店主で、店構えは少々古め。
決してBGMにJAZZは流れていない。壁にテレビ。
そばひとつもってきて「以上でお揃いでしょうか?」とは言わない。「へい、お待ち!」
こういう店が少なくなりました。トクした気分です。
夜は編集者にもらった縁起のいい「えん餅」と「薬膳菓子」をおいしくいただく。
気遣いがうれしいですねえ。それも含んで美味。
すべては天気でも景気でもなく、気の持ちよう次第なり。
連載に単行本に企画書・・・余裕時間のすべてを原稿につぎ込む毎日。
せっかく元気になってきたというのに、やることが多すぎておつりなし。
でも原稿仕事を前にして、きちんと「悩んでいる」自分を発見。
これは数年振りの感覚です。10年振りくらいか。
実は、ここしばらく体力がなくて「悩めない」状況が続いていました。
創作で悩みたくても体力が付いてこないというのはすごいストレスです。
・・・・結局、悩んでいるだけで前には進んでいなかったりするわけですが。
でも精神衛生上、「悩めなくて進まない」より「悩んで進まない」というのは実に健康的であります。
さいきん齢45にして新たな人生の境地に到達しつつあります。
あまりにいろんなことがありすぎて、変わらざるを得ない状況に陥りました。
もっともっと自分自身を強くしないと生きていけないなあ、と。
弱いときほど何かに誰かに頼りたくなるものですが、何かに誰かに頼ることはよくない。
そこに他者への期待があればあるほど裏切られたと腹が立つ。
人間である前に一匹の動物として、自分のことは本来自分で守らねばならないものです。
平和に生きていられることこそが他者のおかげであり、それ以上を望むのは自分の弱さの裏返しというもの。
大きく安心な存在だからと頼っていた自分がぜんぶ悪い。
わかってくれる友にだけ上手に愚痴って、国にも制度にも大組織にも頼らない。
年金など破綻して当たり前。
ルールが守ってくれなくて当たり前。
大組織にいるやつが事なかれ野郎なのも当たり前。
誰かのせいにしてはいけない。自分自身の頼らない心を強くするより他は無し。
自分には強く厳しく、人には笑ってやさしく。
---不況というのはそんな新鮮な学びがあっていいものです。
6月1日は衣替えだそうですね。これまで生きてきたのに知りませんでした。
GMがチャプターイレブンを申請し、改正薬事法もスタート。
5月の末日が日曜だったせいで、3月決算会社の法人税申告期限日も6月1日。
いろんなことが起こっています。
私の6月1日は午前中、新宿・末広亭にて撮影のうえ取材からスタート。
もちろん開場前で皆さんの邪魔にならない時間に撮ってもらいました。
長い待ち行列は喬太郎・さん喬が登場するからでしょう。見れなかったのが残念。
午後もなんやかんやで目が回る忙しさ。これから先が思いやられる。
夏が遠いぞ。