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2008年9月29日 (月)

歴史を学ぶ2つの意味<熊野古道旅行記>

歴史を学ぶことには2つの意味がある。

ひとつは過去について知ることができる、ということ。
過去の出来事や人物を知ることによって、私たちはいまを生きる知恵を手にすることができる。

もうひとつは自分の無力さに気付くことができる、ということ。
たとえば樹齢800年の大木を目の前にすると、自分の存在がいかに小さいかを思い知ることができる。
ちっぽけな私たちは、その100年にも満たない人生にむりやり意味付けして生きている。

熊野古道を旅すると、「小さい自分」に出会い、それを肯定することができる。
ここは本当にありがたい場所だ。

すべては自然から生まれてきて、かならず自然に帰っていく。
カタチあるものはいつか必ず滅びる。
きっとゴーイング・コンサーン(継続企業)などと無茶な仮定をおくから会社はおかしくなるのではないか。
人にも会社にも始まりがあって終わりがある。出会いがあって別れがある。
終わりと別れを受け入れてしまえば、平凡ないまにも感謝することができる。

仲間たちとのたった3日の熊野古道であったが、たった3日でも得るものは大きい。
旅の終わり、だんだんと仲間と別れつつ歩く帰路のさびしいことよ。

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↑その昔、神さまが降りられたというゴトビキ岩に一同到着。
きびしい参道の登り道に、初日にして膝が笑っている。
参加者は「数字力トレーニング」お手伝い協力スタッフ、そして飛び入り参加の講談師・神田京子さん。


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↑雄大な景色を眺めつつ、峠越えの厳しい山道に笑顔は消え始める。
ふだんの運動不足もあって後半は無口な行進。


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↑ホテルの部屋から見た夕暮れ。洞窟露天風呂温泉で疲れを癒す。
贅沢な飲み食いをしすぎて予算オーバーし大幅債務超過に転落。


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↑那智の滝に到着。壮大な美しさに見とれる一同。


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↑最終日、足湯ならぬ手湯に浸かりつつ意識を喪失するB。
今回の旅行では終始おねえさんたちにいじられすぎて疲れ果てた様子。


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↑手湯にて意識喪失のBを前方より望む。うらめしや。


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↑熊野川に映る夕日。平安時代の昔から変わらない美しい眺め。

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