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2007年12月29日 (土)

1年を振り返ってみると、嬉しいことも辛いことも悔しいこともたくさんありました。
それが別々でなく、一つのことについて「嬉しく・辛く・悔しい」と感じることが多かったです。

おそらく来年も「嬉しく・辛く・悔しい」毎日を過ごすのは間違いなさそう。
そんなアップダウンの激しい人生をだんだん気に入りつつあります。

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新年の初公演は2008年1月15日(火)19:00~ JAL本社ビル にて
ジェイカレッジ「会計士×落語家」新春公演です。
出演はもちろん田中靖浩<会計士>と立川志の吉<落語家>、コンビの2人会です。
詳しくはこちら → http://www.webook.tv/jcollege/

一見無関係な最新のビジネス動向と古典的師弟関係をつないで見えてくるもの。
内部統制、コーチング、リーダーシップなどの新解釈をお見せしましょう(?)。
どうぞご期待ください。 来年の当日、JAL本社ビルでお会いしましょう!

皆さんの来年はどんな年になるのでしょうか?
どうぞ良いお年をお迎えください。

2007年12月28日 (金)

さて本日は大納会後、某テレビ局の忘年会に行っていちおうの仕事納め。
(といっても静かに原稿を書ける日々がくるだけのことでありますが)。

せっかく正月なんだから何か古典にでも取り組もう、と決めておりました。
古典なあ、古典。
なにがいいかなあ・・・
と思案して選んだものがこれ↓。

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「はじめ人間ギャートルズ」DVD(ゴンと肉のフィギュア付き)。
1974年から放映されていたアニメです。

「なんにもない なんにもない まったく なんにもない~」
と始まるメロディーに深い郷愁の念を禁じえません。

最近、取材を受けたときに、このギャートルズのことを例に出すことが多く、自分でも気になっていました。
むかしも大好きだったけど、改めて見てみたらやっぱり感動。
自分の思考の根本というか、目指すべき方向性ってこういう世界なのかな、と確認した次第。
きっと来年の私の講演や原稿にギャートルズ・ネタが登場することは間違いありません。

それにしても全話収録のこのDVD、7万円もしました。
古典は高くつきますわ。

2007年12月27日 (木)

 さあさあ今日は本年最後の取材、そして明日は本年最後の出版打ち合わせ。
 いよいよ仕事納めだーい。

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 12月といえば1年でもっとも贈り物の多い季節。
 そのなかから感激のいただきもの2点。

その1:トミカ「コマツ ブルドーザーD375A」
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 幼稚園の男の子はなぜだか働くクルマが大好き。
 嗚呼、それなのに絶版になっているのがコマツのブルドーザー。
 今月キャタピラー社のブルドーザーが新発売になりましたが(写真うしろ)、微妙にスタイルが違います。
 そんなわけで入手不能だったコマツのブルドーザーをコマツのWさんから頂く。
 私の父の威厳はいつになくアップしたことはいうまでもありません。

その2:12月1日CLAセミナー参加者からもらったアルバム
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 今月1日に行ったCLAセミナーの若人たちから写真+メッセージ付きのアルバムをもらった。本当に嬉しい。
 そしてアルバムを見ながら考える。
 若い彼らにこんな目の輝きを持ち続けて欲しいなと思うと同時に、彼らのためにもオレだってまだまだやらないとな、と。
 若人たちよ、年齢も立場も違うけど、また来年も日和らずがんばろうぜ!

2007年12月26日 (水)

新作に向けての構想、以前の気合いモード全開。
書店売上とかアマゾンの順位、そういったものを気にしない本を書かなければ自分はダメになる。

今年の一番の反省=他人の目を気にしすぎた

小物(こもの)はアクションを起こして、それに対する他者の反応が気になってしかたがない。
アホらしい。太く太く、すべての他人に対する怒りと関心を捨て、臨もう。

2007年12月25日 (火)

いつもの人、久しぶりの人。
先週末から連休にかけて、いろんな人と飲み笑いました。

22日はクリスマス会。
カジノのディーラーという特技を持つYさんのご好意でブラックジャック大会。
Yさんの見事なカード捌きで全員参加のゲームが進む。

写真は景品贈呈式↓
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私はスッカラカン。
全員にプレゼントした有馬記念の馬券も大ハズレ。
でもいいんです。一年の終わりにみんなで一緒に笑えれば。

ブラックジャックで持ち金ゼロになった「大物感溢れる」皆さん。
ぜひまたYさんにお願いして最弱決定戦でもやりましょう。

今年もいろんなことがありました。
思ったとおりにいったこと、いかないこと。
喜んだこと、悔しかったこと、腹が立ったこと。
すべてをぜんぶひっくるめてメリークリスマス!

皆さん、また来年も笑って会いましょう!!

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2007年12月20日 (木)

仕事を終えた夜はダイアログ・イン・ザ・ダーク、プレゼンツ
「立川談春 まっくら落語会」。

赤坂区民センターホールを真っ暗闇にして落語をやるという企画です。
いつもとまったく違った刺激。

世界初、まっくら落語会の風景はこちら↓(中央下が談春さんです)
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いつか「まっくら会計講座」にチャレンジしようと思いつつ帰路につきました。

※写真はイメージです

2007年12月19日 (水)

ウィーン日本大使館・領事館に併設された日本情報文化センターにて著書寄贈の図。

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ザッハ・トルテとか呼ぶらしいチョコレートケーキ。味は?? 日本人には濃すぎ。
お約束の品らしいのでおみやげに持ち帰ったら、娘から「トップスの方がおいしい」と言われた。
むかつくけど納得。

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結局、この甘ったるいケーキとコーヒーで3時間も小説を読んでしまいました。

地下鉄の扉は自分で開けなさい!の図。

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2007年12月18日 (火)

街にジングルベルが流れる時期ですが、11月末のウィーンもすでにクリスマスでした。
ウィーンの広場に季節限定で登場していたクリスマス屋台をご紹介。

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↑屋台とはいえ色がクリスマス


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↑日本では見かけない「お酒+リキュール」屋台

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↑クリスマスっぽいキャンドル屋台

2007年12月17日 (月)

都内近郊某所にて本年最後となる講師に出かける。

早めに着いた会場最寄り駅のタクシー乗り場。
待ち行列の長さを見た瞬間、「これはやばいぞ」と直感。
瞬時にロータリーを離れ、路上でタクシーをつかまえて会場へ向かった。

参加者は講演ギリギリ、数名は遅れて会場に入られていた。
待ち行列は自分の講演に行く人が多かったようです。

「自分だけなんとかする」「列を見たら並ばない」というという日本人には珍しい行動パターンはウィーンだけでなく東京でも。

うーん、自分ってなんだかイヤなヤツみたい。

2007年12月15日 (土)

スタッフ、ブログ読者の多くから、
「今年の『化粧女』と『ウィーン旅行記』は最高でしたね!」と褒められている。
自分ではあまり記憶がないんですが、そうなんでしょうか。嬉しいです。

※電車の中で化粧する女と私をめぐる騒動「化粧女」の連載はこちらをご覧ください。
 → http://blog.y-force.jp/2007/01/post_d6ac.html

 おまけ「化粧女撃退法」 
 → http://blog.y-force.jp/2007/01/post_349e.html

年末だし総集編ということで。

2007年12月14日 (金)

朝、「今日こそは原稿を書くぞ!」と気合いを入れて家を出ようとした矢先、背後から声がかかった。
「ウォシュレット、壊れたんだけど」

ことがウォシュレットだけに、まさに水を掛けられた気分。一気にやる気消滅。
今週になって虫歯が見つかるわ、車検はあるわ、挙げ句にウォシュレットかよ。
まあ、時間が経つとなんでも壊れるのはしゃーないけどね。

修理もできないというので、電器屋にウォシュレットを買いに行く。
取り付けまでに数日なんて待てないので、自分で取り付けることにした。

元栓を止め、いろんな工具をガチャガチャと悪戦苦闘。
水浸しになりながらなんとか自力で工事完成。
いやあ、やってみるとこういうの楽しいもんだ。
すくなくとも原稿の10倍は楽しい・・・って、言っている場合じゃないんですが(涙)。

2007年12月13日 (木)

<またまた速報>

志の吉さんとのジェイカレッジに続き、連日の新企画発表です。
尊敬する阪本啓一さんとジョイントで「二人会」をやることになりました。
ビジネス界の二人で思いっきり落語的な会をやります。

最近、猫も杓子もパワポなど見栄え美しい資料のオンパレード。
個性も味もありゃあしない。
そんな没個性でつまらないビジネス界に一石を投じる今回の二人会。

講演の順番は当日、皆さんの前でじゃんけんで決めます。
パワポのみならずパソコン・プロジェクターなどの機材、紙の資料も一切使用禁止。
使っていいのは阪本さん曰く、扇子とセンスだけ。
このままだとギャラもじゃんけん、親の総取りになりそうで恐ろしいです(笑)

もうすぐ申込が開始されますので、ぜひみんな来てね。
セミナー後には懇親会の予定もあります。

※こんな過酷な会なのに、すごく楽しいのはどうしてなんでしょうか?

【タイトル】「楽」の経営 二人会

【日時】2008年2月16日(土)13:00~16:15

【場所】六本木ヒルズ18階ホワイエ

【定員】150名 *どなたでも参加できます。

【参加費】5,000円(税込)

【内容】13:00~13:45 じゃんけん勝ったほう
    (休憩 5分)
    13:50~14:35 じゃんけん負けたほう
    (休憩10分)
    14:45~15:30 対談
    (休憩 5分)
    15:35~16:15 交流タイム

【問い合わせ・申し込み先】
    楽天大学(準備中)

2007年12月12日 (水)

<速 報!>

来年1月15日(火)、志の吉さんと2人でジェイ・カレッジへの再登場が決まりました。
一昨年の初公演からはや二年。
ビジネス界の観客を怖がらなくなった志の吉さんと、話がうまくなったと評判の(?)田中靖浩の成長を見にぜひお越しください。
詳しくはこちら → ジェイカレッジのHP

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最近会う人会う人に「ウィーン王国はいかがでしたか?」といじめられています。
「ウィーン旅行記といいながら到着だけで終わっているじゃないか!」という声も多数。
リクエストにお応えしてせめて写真でも。

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↑今回の目玉「国境なき合唱団」の演奏が行われた楽友協会大ホール。
「楽友協会ホール」という名前から「・・・区民会館」のような、こじんまりしたホールを想像していましたが大きな誤解でした。
豪華絢爛、目が回るようなすげえホール!
今回のツアー本隊、数百人規模の日本人大合唱団+ウィーン・フィルの演奏も圧巻でした。
(昼間歩きすぎで疲れ、ときどき寝てしまいましたが)

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↑ Running Sushi = やっぱり回転寿司でしょうね。世界的に人気。

2007年12月11日 (火)

ウィーン旅行記への反応、コメント、ありがとうございました。

さて、ウィーン、工場見学にその他もろもろ。
テンションの高い、嵐のような日々に疲れ果て、仕事する気にならず。
なんだか反省モードに入って気分が暗く、はかどらない。
こういうときは激しいタイ式マッサージが一番。
以下、タイ式マッサージにて。

タイ人の女性マッサージ:「(片言の日本語で)どこがいちばんつらいですか?」
私「・・・・・・。心がいちばんつらいです。」

店中に思いきり笑われてしまいました。本当のことなのに。

2007年12月 7日 (金)

さてJALの女性と話していると、ほどなく「あ~、田中さーん、いらっしゃ~い」
と、信じられない緊張感のなさでツアー企画者M氏がロビーに登場。
さあ、役者が揃ってきた。
真実が明かされるときが刻々と近づいている。
いったい何がどうなっているというのか?
私の酔いもいっぺんに醒め、体中に緊張感が走る。
ここで、すべてが明かされる衝撃の一言。

「田中さんを除く全員、フランクフルトで乗継便に乗り遅れたらしいです」

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なんとフランクフルト空港ではぐれた私を除く「講師+参加者」の全員が一丸となって、乗り遅れていたというのだ。

しかも乗り遅れたうえ、そのあとの便にも乗れないかもしれないという事態に陥り、フランクフルト空港で立ち往生。
私が飲んでいるあいだじゅう、本人たちとJALの現地関係者の皆さんは大騒ぎ、対応に大わらわという状況になっていた。

そんな大騒動の中、一人「正しく乗り継いだ」私のことはすっかり忘れ去られてしまったらしい。

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利口というのはバカの反対概念である。
利口が利口として成立するのは、バカあってのことなのである。
バカが一人もいないで利口だけになってしまうと、利口なはずの集団は壮大なバカになってしまうことがある。(社会保険庁を見よ)

おそらくフランクフルトで一団となって行動した一行は、その全員が講師を含む利口な集団だっただけに油断が生じてしまったのか。
あのJALがうしろに付いているという安心感も手伝って
「誰かがなんとかしてくれる」
「おかしなことが起こるはずはない」
という思いで一杯だったのだろう。
まるで日本大企業の縮図をそこに見る思いだった。

一方、はぐれてしまった野良犬な私は、ひとりだからこそ身を守るために正しい道を選ぶことができた。
なんという皮肉。

しかも乗り遅れた彼らには感動のストーリーとウィーン空港への迎えが付き、私には自腹のタクシー代とビール代の負担が残った。
日本で少数を生きるものは、こうした孤独に耐えていかねばならない運命にある。
タクシー代40ユーロ、ビール代30ユーロ、ウィーンでの孤独、プライスレス。

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さて、ホテルのロビー。
深夜になって一行が到着。手ぶらで本人たちのみ。荷物無し。
予定便に乗り遅れたため、フランクフルト空港で荷物が取り上げられたらしい。
(近年テロ対策のためチェックが厳しい)。

ここに到着するのにそれはそれは大変な思いをしたとのこと。
ギリギリでJALの関係者Oさんに助けられるという感動のストーリーだったらしい。
ロビーで感動を分かち合う仲間たちを、その輪からすこし離れて私は見ていた。

※参考までに、乗り遅れた人々の状況についてはこちらをご覧ください
 参加者「多夢郎」さんのブログ → こちら

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騒動の翌日、ヒルトン・ドナウ・ホテル最上階。
ドナウ川そしてウィーン市街が見渡せるという、これ以上ない会議室。
昨日の興奮醒めやらないメンバーたち。感動と一体感に包まれた素晴らしい講演会がはじまった。

私の出番。講演開始。冒頭に一言。

「みんな、いいかげんにしてくださいよ。
 飛行機ぐらい、ちゃんと乗りましょうよ。大人なんだから!」

<完>

2007年12月 6日 (木)

ヒルトン・ドナウのフロントで、フランス人形に似た女性に状況を訊ねるも、彼女も困惑気味。

「とにかくオレの部屋のキーをくれ!」と話したつもりだが、混乱し興奮した私の英語は彼女の耳に
「はよう部屋のキーをくれって言うとるまんねんでござるよ!」
というかんじに聞こえていたと思う。
部屋にチェックインもできない。一向に事態は改善されない。

このへんで私もいよいよ開き直ってきた。
ここが世界のどこであろうと、自分がどういう状況であろうと構わない。
もう知らん。私は決めた。
「飲もう。」

フロントの奥にバーが見えたのでそこに行って飲もうと決めた。
でもせっかくドナウ川のほとりのホテルらしいので、バーに行く前に夜のドナウ川を見に行った。
夜だからなのか、青くて美しいはずのドナウ川はお世辞にもきれいとはいえず、江戸川と似たようなものだった。

さてバーに戻り、ソファーに腰掛け、ひとりビールを飲み始めた私。
いったいどれだけ飲んでいたのか、時間の感覚はない。
大きな生ビールを5杯くらいは飲んだと思う。
だんだん酔いが回ってどうでもよくなってきた深夜、フロント付近に一人の日本人らしき女性が登場。

事態の打開策を失いつつある状態、仕方がないので手がかりを見つけるべくその日本人女性に話しかけてみることにした。

・・・・と、その人はJALの関係者だった。私だとわかるとその女性が一言。

「なんで田中さん、ここにいるんですかあ??」

<まだつづく>

2007年12月 5日 (水)

会う人会う人、そしてメールでも「早く続きを書いてください」「もったいぶるな」という催促多数。アクセス数も急増。
書きたいのは山々ですが、仕事の疲れと睡眠不足と宴会の酔いで限界です。
続きはどうか明日までお待ちを。

それにしても、なんで自分のブログでこんなに催促に怯え、謝らないといけないのか、よくわからない。
原稿の催促とプレッシャーににおびえ暮らすわが人生。

2007年12月 4日 (火)

とりあえずタクシーに乗り込む。片言の英語を話す運転手との会話

必要以上に陽気な若い運ちゃん:「どこ行く?」

黒ずくめの服装で怪しそうな私:「質問があるんだけど。ここってウィーンだよね?」

運:「(ジョークだと思って明るく)もちろんここはウィーンさ!、それでどこに行くんだい?」

私:「もう一つ質問があるんだけど、いいかな?」

運:「OK、何でも聞いてくれよ!」

私:「(大真面目に)ウィーンってオーストリアの都市だよな? な、そうだよな?」
※この段階で運転手は「なんかヘンなヤツ乗せちまったな」という空気を感じ始めた模様。

運:「(若干引きつって)そ、そうだよ」

私:「じゃあいいや、OK、OK。ちょっと市内観光してからヒルトン・ドナウまで行ってよ」

運:「(警戒気味)もう夜遅いから、早くホテルに行った方がいいと思うよ」
※こんなやつと市内観光したくないという空気がありあり。

・・・・・というわけで、軽く市内を回りながらヒルトン・ドナウに到着
もちろんそこにも日本人は誰もいない。しかたないので私はフロントに向かった。

<つづく>

2007年12月 3日 (月)

私たちが朝起きてから夜寝るまでに起こる97%は「想像可能」な出来事である。

たとえば地下鉄の車中、不機嫌に黙りこくっているカップルを見れば、すこし前のケンカを想像することができる。
たとえば大騒ぎの街中、消防車が集まってごった返す火事現場に出くわせば、出火原因のいくつかについて想像を巡らせることができる。

しかし、人生にはまれに、「想像不能」なことが起こる。

かつて私との待ち合わせに遅れてきた友人Tは、これ以上ない晴天のもと、黒い折りたたみ傘を差してやってきた。
なぜこんな快晴に折りたたみ傘なのか。ぜんぜん分からない。日傘でもあるまいし。
「なんで傘差してんだ、おまえ?」
そう訊ねた私に、彼の答えはふるっていた。

「乾かしてんだよ」

・・・・これぞ想像不能な回答というものであろう。
絶句し感動した私は、20年以上経ってもあの回答を忘れられない。
おおっと、話がいきなり脇道にそれてしまった。

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たったひとり、その孤独の理由も知らずに空港に立ちつくす私。
これぞ「想像不能」な状況の典型である。

言われたとおりに乗り換え、目的空港に着き、荷物を手にして外に出たはずである。
なぜ同行者(講師+参加者一同)が誰もいないんだ。
いちおう講師で来たはずなのに、なぜ迎えがいないんだ。どう考えてもヘンだ。
おかしい。絶対におかしい。

それに加え、私の頭を混乱させる重大な要因があった。
それをここに書くのはあまりに恥ずかしい。
しかしこの事実を書かないとドキュメントたり得ないので書くことにしよう。

到着のときまで、私はウィーンを国だと思っていたのである。

それなのに空港に着くやいなや飛び込んできたのは
「Welcome to Austria!」の看板。
それを見た私は、思わず心の中でこう叫んでしまったのである。
「やべ! ウィーンじゃなくてオーストリアに来ちまった!」

呆然、困惑、混乱、焦り。
あらゆる感情が全身を包みつつ、時間だけは刻々と経過する。
もうこうしていても事態は一向に改善されないことだけはたしかだ。

よくよく行程表をみると、たしかに指示された飛行機でここまできている。
もしかしてやっぱりここはウィーンではないのか?
どう考えてもウィーンだ。
一見オーストリアに見えるここはきっとウィーンなんだ。

しかたがない。こういうときは一歩踏み出すしかない。
私は意を決し、難しい顔つきで(たぶん)、戦場に舞い降りた兵士の気持ちでタクシー乗り場に向かった。

<つづく>

2007年12月 2日 (日)

昨年の12月1日は、「数字は見るな!」新刊記念で、渋谷で講演を行った。
今年の12月1日も偶然に同じ渋谷にて、学生さん中心の参加者に講演。
mac氏に前座をお願いし、マクラが長すぎて制限時間を大幅に超過、オチを話さず終わるという不良落語家級の講演でした。
参加者の皆さん、どうか時差ボケということで許して。
講演の中身は上手にまとめてくれた淺田くんのブログで → こちら

それにしてもこの1年は本当に長かった。
自分は変わっていないつもりでも、仕事を中心にこれだけ環境が変わると対応するだけで精一杯。
せめて今月から来月は執筆中心に送ろうと思います。

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「ひとりぼっち」ウィーン旅行記は明日より再開します。