イタリアにスタバがない理由:その3
イタリアにスタバがない理由。
ゆっくり書いているうちにほぼ思っていた正解をコメントされてしまった(汗)。
スタバは言うまでもなく「チェーン店」。個人商店の反対概念。
イタリアにはとにかく「チェーン店」が少ないのです。
目立つのはマクドナルドだけ。
スーパーでも百貨店でもとにかく「同じ看板」を見ることは稀。
だからコンビニすら見当たりません。
私は夜、ホテル近くのコンビニを探すのに30分以上ふらつきまわり、結局探し出せませんでした。
日本人にはチェーン店がガンガン増加し、イタリアでは個人商店が多い。
これは絶対に住む人間の「気質」の差であると思います。
チェーンを好む日本人の根底にあるのは「せっかち」と「同質性」気質。
ここしばらく日本人はどんどん「せっかち」になってきています。
仕事でも食事でも電車に乗ることさえ、本当にせっかちな人が増えました。
思い立ったときに一方的に連絡をできるメールが、日本人受けするのはよくわかる。
それから「同質性」を好む気質。
学歴志向も大企業志向も何もかもが「人と同じ」であれば安心。そうでないと不安。
すると結局、満員電車に疲れても、それに乗れない人生は不安で仕方がない。
・・・・こうなると、いつでもどこでもマニュアルに沿って画一的(=個人的な触れあいのない)かつ効率的(=素早さ重視)な「チェーン店」が好かれることになる。
この前、某ラーメン「チェーン店」に入ったときのこと。
注文したラーメンを出してくれたおネエさんがひとこと。
「以上で注文はお揃いでしょうか?」
ひとりで入って、ひとつラーメン注文したのに、揃うも揃わんもあるかい!
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イタリアのBARにひとり行くと、店がヒマなら多くの場合話しかけられます。
「どこから来たの? 日本人? ローマは気に入ったかい?」
彼らはスタバの進出をまったく恐れていません。
だって、お客がスタバより、自分の店を選ぶと信じて疑っていないから。
お客もきっと、スタバには行かないと思います。
守るべきものは守るというプライド。
これがイタリア人のいいところだと私は思うのです。
「『いらっしゃいませ』と言わずに、お客さんには親しみを込めて『こんにちは』と言いましょう」
などというマニュアルでは太刀打ちの出来ない空気がBARにはあるから。
せっかちではない「ゆとり」、そして同質性ではない「個性」。
それをイタリアのBARに感じました。
かの地の男はモテるわけだ。
私たちもそろそろ「ゆとり」と「個性」を思い出して大事にした方がいいのではないでしょうか?
じゃないと、「せっかち」と「同質性」だけじゃあ、これから先、コンピューターと中国・インドにかなわないからね。
posted at 23:53 in 日記・コラム・つぶやき
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コメント
あ、うれしいです。
意見が近いですね。
じゃあ、ほんの少し追加しますと、うちがまだ細々とやっているのは、やっぱり個性に触れたいという、ちょっと社会からはみ出たお客さんが少しは存在するからです。ただし、彼らは残念ながら上流には住んでません・・・だから、本当に細々とやってるのです・・・それから、何十年も前にうちに買いに来たお客さんが、まだ、あったと懐かしんでくれるのは、世の中捨てたもんじゃないと思う瞬間です。
投稿: 品川 | 2007年4月 16日 22:36
> 品川さん
それこそ「味がある」ってことですね。
そうそう。
よくわれわれ欧米といいますが欧と米に違いがあるとしたら「歴史の重み」ですね。
ローマ、イタリアに限らず、ヨーロッパをあるくとその歴史に圧倒され、そしてなぜかホッとしますね。
投稿: たなか | 2007年4月 16日 23:30
随分前の記事なのですが、私は少し考え方が違うのでコメントしておきます。日本に比べれば緩やかであるかもしれないけれど、イタリアでもドイツやオーストリアの影響を受けやすい北部では目に見えてチェーン店の数が増加しています。町中の小規模小売店のみで買い物をするのは車のない高齢者に限られます。多くのイタリア人は物価上昇と賃金の停滞で大きな閉塞感の中で生活しているので、少しでも安い大型店や生協などを利用するのは共通認識だと思われます。スーパーのみならずピザやプロシュッテリアのチェーン店も目立つようになりました。またバールに関してですが、私が生活していた地方は元々オーストリア支配下にあったので、ウィーンのカフェのように店内でゆっくり読書して過ごせるようなところがまだ多少は残っています。こういう店には自然と時間をもてあました年金生活者や学生、大学関係者などが集まり、なかなか繁盛している様子です。コーヒー一杯でも席料を払わないでソファなどに座って落ち着け、しかもホットスポットととしても利用できるようなカフェがイタリアに進出したら、学生や周辺のビジネスマンの利用が見込めると思います。なかなか新しいモノを受容しない国民性はあると思うので、まず大都市とか大学町で、おいしいエスプレッソを提供できる店を作ってみたら面白いと思うのですが。。。それとおしゃべり好きなのは国民性の問題で、マニュアルのない個人経営の店に限ったことではないでしょう。銀行だって市役所だってそんな感じです。それから個人的にイタリアと日本の一番大きな違いは「時間感覚」だと思っているので、日本人=せっかち、という意見には賛成ですが、イタリア人は同質的じゃないのか?といわれると言葉につまります。若い子を見れば一目瞭然ですが、みんな同じ格好をしています。中年男性もオレンジや赤のパンツが流行ればみんな買います。GUCCIの新作サングラスが出ればみんな追随して似た安物を買っています。若者のファッションを比べると日本の方がむしろ多様性があるような気すらします。同様に町に大きなスーパーが出来ればみんなそこに買い物に行くのです。コンビニが少ない理由については、スーパーの出来合い総菜がすごく高いこと、外食にとてもお金がかかることの理由を一緒に考えつつ、まず食事を簡単に済ませられない文化的背景、家庭内における女性の家事分担の大きさ、食事に時間をかけることを当たり前とする社会的背景とか色んな要素を考慮しないといけないのかな、と思います。あくまで、個人的な意見ですが。
投稿: ara | 2007年10月 12日 17:00