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2007年4月16日 (月)

ニノキン祭り私的回顧

よかったこと:
ニノキン祭りでは、かねてから私の好きだった「キンちゃん」について勉強していた内容をみんなに伝えることができ、しかも「面白かった」という反応をもらえて幸せです。
好きでやっている勉強がカネを稼ぐ仕事になるというのは、なんだかトクした気分です。
こんなふうな「オモシロ役立ちネタ提供業」を死ぬまで続けていきたいものです。
なんて幸せな人生だろうと思うのです。
だからこそ私はキンちゃんが大好きです。彼もきっとそんな人生を送ったと思うから。
大いに学び、大いに仕事し、大いに悩み苦しんだキンちゃん。
彼がもし今生きていたら、もしどこかで出会う機会があったなら、私は大親友になれたのではないかと勝手に思っているのです(笑)。

今後に向けての反省:
ニノキン祭りに参加したお客さんのおふたりから
「田中先生が登場するとき、舞台袖の影がチラチラして、先生の緊張が伝わってきました」
という内容のメールを貰いました。
・・・緊張は本当のことなのですが、正直なところ、このメールにはかなりメゲました。
自分でもメゲる理由すら不明でしたが、時が経つにつれ、だんだん分かってきました。

これまで、この種のイベントではすべて「1番手」で登場でしたが、今回は初めて「トリ」で登場でした。
トリはそこまでの空気を読む必要があるため、すごくきつかったです。
しかも今回、私は会場とチケット代を決めた主催者でもあったし。
楽屋で時間が経過、自分の出番が迫ってくるにつれだんだん胃が痛くなってきます。

しかしだからといって、登場時にその緊張を二人とはいえお客さんに伝えてしまった事実に対しては「いかんなあ・・・」という心境です。

私もよくわかりませんが、芸人であるか否かとは関係なく、本の著者であれ、劇場の演者であれ、表に出る人間には「出してはいけない裏側」があると思うのです。
ここ最近、少々調子に乗っていた自分に気づき、しかも、その頭をブン殴られた気分です。

その昔、オープニングアクトを内輪揉めですっ飛ばしたガンズンローゼスに対して、ストーンズのミックジャガーが
「見せてはいけない裏側があるもんだぜ」
とコメントしたのを覚えています。ストーンズが言うからまた説得力十分。

弱みを見せるという先に何があるかというと、間違いなく「同情」があります。
表に立つ表現者が、いささかでもお客さんからの同情を肯定してしまうと、その先には「田中さんがやるんだから行かないとな」とか「田中さんに頼まれたから仕方ないよな」といった「政治家のパーティー的空気」が流れはじめるに決まっています。

するとやってくるのは内輪受けの、義務としての、そして金儲けチックなイベントの空気。
楽しさ、分かち合い、創造、プライドの対極。責任のなすり付けあいと義務の押しつけ。
・・・・・そんなことは、御免蒙りたい。
しかしそれを招くのは共演者でもなくスタッフでもなく、私自身の責任だということがわかりました。
いまいちど初心に返って、気を引き締めます。
実は、こんな内容をブログに書くことすら、本当に恥ずかしい限りです。
以後、二度とないようにしたいと思う次第。押忍。

(注)だからといって、それはメールをくれた二人の責任ではありません。
それどころか二人には気づきの機会を与えてもらい心より感謝しています。本当にありがとう。あなたがたのような方がいてくれるから長い目でうまくいくわけです(?)。私はそんなに簡単につぶれはしませんのでどうかご心配なく。
できればお二人には4月22日の紀伊國屋ホールに来ていただきたく。この場を借りてどうぞよろしく。

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