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2006年8月23日 (水)

ルール

酔っているので脈絡がないかもしれませんがご容赦のほどを。

昨日の朝日新聞の1面トップ「心の病30代社員急増」。
この前読んだ雑誌によれば「中学生の不登校増加」。

私のなかではひとつに繋がっている。
それは「健全な成長の欠如」。

子どもの身長と体重がそうであるように、そしてすべてのビジネスがたったひとりの思いつきからはじまるように、すべての物事は「小さいことからだんだん大きくなる」のが健全であると思う。

いきなり就職活動で「Yes・No」の判定に放り込まれると人間は「Yes」を求めて自分を曲げて相手に合わせてしまう。
いきなり小学校や中学校の受験で「Yes・No」の判定に放り込まれると、子どもとバカ親は「Yes」を求めて自分を曲げて相手に合わせてしまう。

そのうちに大人も子どもも「君はなにがやりたいんだ?」と問われて答える力を失ってしまう。
だって、朝起きる時間も服装も生き方もルールも、「大きな」相手に合わせることしかしていないんだから。

答えは明白だと思う。大人も子どももない。
「自分はこれがやりたいんだ」と言える力をもつこと。
「こんなふうに生きたいんだ」と匿名でなく実名で言える勇気をもつこと。
「ここまで自分でできた!」という立ち上げの喜びを感じること。

そんな力を子どもにもスタッフにも与えられる人間でいたいと思う。
現時点でその自信はまったくない。
だからこそ毎日、毎時間、毎分「君はなにがやりたいんだ」をまずは自分に問いかけたい。惰性となあなあとごまかしを自分のなかから排除する。
そのなかからおのずと自らの「ルール」ができあがる。
ルールは会社や学校に押しつけられるものではなく、自分の心が決めるものである。

多くの場合、そのルールは自らを孤独に導く。
その孤独を理解する仲間から、真の友情が生まれると信じたい。

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コメント

「自分は何をやりたいんだ?」、という問い、難しいですね。「お前はどうよ?」と今問われると、多分答えることはできるでしょうが、それが本当に自分のやりたいことなのか・・・
最近、ちょっとずつ考えるようになってきたものの、「自分がやりたいこと」が日々変わってたりします。
このまえはこう思っていたはずなのに、今日は違ってたり。。。
なのでまだゴール(というよりスタート地点)にたどり着いていない。。。
でも「おお、そうだ、これがやりたかったんだ」と、通勤電車の中で思いついたものをメモったりする時がとても楽しかったりして、「正解なんてないんだよな。うん、日々変わってもいいんだ。そうやって考えているうちに最適なものが見つかるんだ」と考え始めた今日この頃です。
ちなみにGW明けから毎週月曜日、職場+αの仲間に「全ては小さな行動から」という題名で、メールを発信することにしてます。
内容は・・・まだまだなんですが(笑)
>すべての物事は「小さいことからだんだん大きくなる」のが健全であると思う。
という言葉に思わずシンクロを感じました!

投稿: いけもと | 2006年8月 24日 01:26

>いけもとさん
さいきん自分の中で「小さいことからだんだん大きくなるのが健全」というのが仕事や教育全般についての座標軸になってきました。
またそれについてじっくり考えて書きます。

投稿: たなか | 2006年8月 24日 20:40

最近の私の好きな言葉。
故岡本太郎氏の言葉。
「どっちに行こうか迷ったときは、困難なほうを選べ!!」
乳がん患者の闘病記より。
「ストレスは生きている証!ないよりは
あったほうがいい。」
最近知り合ったマダムの言葉。
「どんなに辛いことや、悲しいことがあっても、
生きていることがとっても楽しいの。おほほ」
癒しなんて糞食らえでございますことよ~~~。

投稿: ベロ | 2006年8月 24日 22:53

>ベロさん
困難なほう、困難なほうへと人生行ってます。
それでいいんですよね、きっと。
楽な方へ行くのは死ぬ間際で十分。

投稿: たなか | 2006年8月 26日 01:42

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