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2006年1月31日 (火)

捨てる効用を書いたのも束も間、トラブルが発生。

数年前、私の「不景気に効く会計」に韓国の出版社から翻訳のオファーがあり、もちろん有り難く承諾したのが、その翻訳本が昨年完成した。(私は勝手に「会計のソナタ」と名付けているが、今回そのことはどうでもいい)
著者分として数冊はいただけるのだが、せっかくなので記念に、別途まとめて注文させてもらった。もちろん実費で。

なんと突然、代金未収の連絡が!
韓国の出版社から本と共に届いた「お礼&請求書」をそのままにしてしまったのだ!!

向こうからすると
  主:請求書
  副:著者へのお礼
なのだが、おめでたい私は届いた請求書を単なる「著者へのお礼」だと勘違いしてそのままにしてしまったらしい。なんたるバカ。(でもハングルと英語だけなんだもん)。

あせりまくって、2時間以上、請求書同封の手紙を探す。
あった! ふう。一安心。これで日韓関係が悪くならならなければいいのだが。
でも絶対海の向こうで笑われているよな~、「日本の会計士って・・・・・」と。
あんまりなんでも捨ててしまうのは考えものかも。

2006年1月30日 (月)

昨日の続き。
昨日そして今日と、家と事務所の掃除を敢行。
そのなかで、どうしても捨てるのをためらうものといえば「本」。

「いつかは読むかもしれない」「いつか役に立つかもしれない」「いつかないと困るかもしれない」と思ったら絶対捨てられない。

でも捨てないことによって「探す時間と探すストレス」そして「場所不足と部屋の汚さ」に耐え続けなければならない。これもつらい。
実際、私の行動時間を死んだあとにトータルしてみたら、起きていた時間の25%くらいを捜し物にあてていた、という哀れな結果が出そうな気がする。

だから最近は、本も、書類も、情報も、人間関係も、武豊のオッズの低い馬も、思い切って『捨てる』ようにしている。これは意外に気持ちがいい。いまのところ不都合もほとんど見当たらない。捨てて困る、というのはどうやら幻想だったようだ。
おそらく読んだ本を捨てて、また買い直すなどという「もったいない」行為はお年寄りから怒られるに違いない。しかし、こればっかりは「モノを粗末にして申し訳ありません」と反省しつつも、時間と心を大切にしたいわが人生、どうしようもないのである。

きっとこれは、女性(特に主婦)が食事の残りを「もったいない」と思って食べてしまうべきか否か、という論点と似ている気がする。
モノを粗末にしてはならないという古き教えを守って「美」を捨てるか、それとも思い切って食べ物を捨てるべきか・・・・? しかもこちらの判断は毎日のことなので、結果の蓄積はとても大きいはずだ、脂肪何キロに相当するほど。

モノがなかった時代を経て、飽食と情報過多の21世紀。
そこに生きる我らは、みーんなして苦労が多いですねえ。

2006年1月29日 (日)

週末の暇にまかせて録画しておいたドラマを見てみる。
綾瀬はるかちゃんの「白夜行」。
ん? これって東野圭吾原作のやつ?
そうそう、かつてこの分厚い小説をアメリカに行く飛行機の中で読み始め、サンノゼのホテルで徹夜して読んだんだ。突如としてよみがえる懐かしい記憶。

ドラマを見ながら、「それにしても白夜行ってこんな話だっけ?」と思って本棚を探してみるが見当たらず。捨てたか売ったかしたらしい。
あーあ、やっちまった、と思う。

しかしこの「捨てなければよかった」という後悔を避けようとすると、すべての本は山のように積み上がり、あわれゴミ同然の運命をさまようことになる。
実際、私の経験でもそうなるばかりだった。いまは仕方なく家そして仕事場の本棚から溢れ出た本は外部の倉庫に保管している。もちろん有料で(かなり高額)。

・・・・・・結局、東京に生きる身としては、探す時間、見つからないストレス、本棚の家賃、外部の保管コスト、もろもろを考えてみると、小説などは読み終わったら一端捨てて、新たに買い直した方が絶対に安いし都合がいいのだ。理論的には。
で、最近は決意してそうしているわけです。
でもやっぱり本を探して「売っちまった!」と感情的に後悔する貧乏性は決してなくならない。たぶんこれから先も。

2006年1月28日 (土)

「すこし休もう」と決意した途端、疲れがぶわーっと噴き出したようです。
今日はずっと、思考にモヤがかかったごとき一日でした。
ご主人様の休憩指令に、身体と心が安心して緩んでしまったのでしょう。

こんな日は何をやろうとしてもダメ。最低限の仕事だけ片付けて、あとは数時間も八重洲ブックセンターをうろうろしていました。
まず最上階に上がり、そこからゆっくりと時間を掛けて一階づつ、すべての棚を見ながら降りる。しかしなぜか2階のビジネス書コーナーには気分が乗らず、この階だけは省略。
店を出たあとは、すぐ近くにあるスターバックスで読書。幸せ。

そして夜。
内臓の方から脳みそに「休もうよ」と訴えているのか、酒を飲みたいと思わない。
なので、お茶をすすりながら小説とマンガと絵本を読むという大変平和な夜になりました。

私はどちらかというと猫は苦手な方なのですが、今日買ってきた絵本「ポテト・スープが大好きな猫」(T.ファリッシュ著 村上春樹訳)を読んで猫好きの気持ちがすこしわかりました。

2006年1月27日 (金)

2日前に車を運転中、J-WAVEで聴いた曲に耳が釘付け。
ネットで調べ、昨日ショップでCDを探し当て購入。
まだ1月21日発売になったばかりだが、すでにあちこちで売り切れ続出だとか。
作詞・作曲・歌ともにオオタスセリさん。お笑い系の女性らしい。
曲の名は「ストーカーと呼ばないで」

覚えたばかりのギターにのせて、切々と歌われる「ストーカーになっていく女性」の心理。大爆笑。

さんざん笑ったあと、この可笑しい曲の替え歌で

  粉飾と呼ばないで お金が 好きなだけ
  粉飾と呼ばないで 株価を 見てるだけ

からはじまるライブドアの曲をつくりながら「クック」と笑いを堪えている姿を、私は誰にも見られたくない。

2006年1月26日 (木)

やはり疲れは相当溜まっていたようです。すこしペースを落とすことにしました。

実は私、かなりの東洋医学オタクなんです。これまで長い間お世話になっている先生がいます。東洋医学っていっても怪しげな呪文を唱えられたことはなく、壺や薬を買わされたこともありません。良心的な価格で整体と生活・食事指導だけなんですが、相性がいいらしく、これまで胃潰瘍で吐血したときも、ひどい偏頭痛のときも、腎臓を痛めたときも回復を助けてもらいました。

結局、その先生に教わったことを自分なりにまとめると2つになるのですが、

1 自分のからだの声をよく聞くこと
2 身体と頭、右脳と左脳といった五感を含む身体機能のすべてをバランスよく使うこと

ということです。
まずは身体の声をよく聞くこと。だいたい病気になる前には身体と心が「つらいよ~」と何らかの悲鳴を上げていることが殆どなのですが、私たちはなんだかんだと理由を付けてそれを無視してしまいます。
また私たちのようなデスクワーク人間は、コンピュータの前に座っていることがほとんどで、歩くことすらしません。
それじゃダメだということですね。

「もともと西洋思考の源には、『人間は神が自らに似せてつくり給うたもの』という考えがあります。神は万能であり、不完全なものをつくるはずがない、したがって人間は本来完璧なもの、という<無謬論>が根底にあり、そこで『疾患は、本来起こり得べかざるもの、病に苦しむのは神の充分な恵みを欠いたものだ』ととらえます。だから病むことはネガティブな状態である、幸いなるものは病人ではならない、のです。」 
(「明るいチベット医学」大工原弥太郎著 情報センター出版局)

西洋医学では、病は「悪」。だから悪を退治するための「治療」と、悪を寄せつけない「予防」が大切。
どうやら東洋医学では、病は「人間が成長するために必要な刺激」のようです。
悩みすぎの人間には、悩みすぎないようにする病がおこり、太り過ぎの人間には、食べ過ぎないようにする病がおこる。だから身体と心が弱ったときには、ちゃんと生活・人生について見直すことが必要。薬で治せばいいってもんじゃない。生活を悔い改めることが大切。
ちなみにチベットでは、「医学」は単独の学問として存在せず、仏教の応用課程になっているそうです。大いに納得。

落ち込んだり、調子が悪かったり、病気をしても、「刺激」が多いと思ってうまく付き合っていくことにしましょう。きっとその分だけ成長できるということだから。うん。

ライブドア事件も西洋医学的に悪として見るだけじゃなくて、世の中の成長に必要な出来事と東洋医学的に見れば、とらえかたが変わってくるはずです。
・・・・・・それは元気になってから考えるとして、私はすこしペースダウンです。仕事の遅れをご容赦ください(?)。

2006年1月25日 (水)

2002年アメリカの調査による「信頼できる職業」第2位は・・・・
看護婦でも、まともな薬剤師でもありません(まともって何よ)。
政治家でも消防士でも、そしてコメディアンでもありません。
じゃーん、その答えは

「中小企業経営者」

なのでした!
このデータが載っている本「レピュテーション・マネジメント」(ロナルド・J・オルソップ著、日本実業出版社刊)に詳しい説明はありませんが、「信頼できると答えた人の割合」ということは、75%の人が「中小企業のオヤジは信用できる!」と思っているということです。逆に大企業のCEOのことを77%の人が「大企業の偉い奴は信用ならねえ!」と思っているワケです。なんとなく嬉しいデータだよね。

大企業のCEO、弁護士が株式ブローカーと同じく最低レベルにランクされているのがちょっと笑えます。アメリカで弁護士といえば映画「レイン・メーカー」に出てくるミッキーロークが連想されるのでしょう、きっと。

エンロン事件のあとにも係わらず、会計士の信頼が51%というのも意外です。でもきっとこれは会計士への信頼というより、デニーロの映画「ミッドナイト・ラン」に出てくる融通が利かなくて堅物という会計士のイメージが強いだけだと思います(実際多いし)。

それにしても「中小企業経営者」への信頼が75%、大企業CEOへの信頼が23%というのはとても興味深いデータです。
それが「起業」に対する尊敬なのか、大きい組織のトップになると悪いことをしてしまうものなのか(ホリエモンしかり)・・・・。データへの想像がドンドン膨らみます。
このあたりのデータを元にすればコンプライアンスとか内部統制ってうまく説明ができるかもしれないなあ、すこし考えてみよう。

2006年1月24日 (火)

昨夜からすこし体調が悪く、咳も出だした。
朝起きても体が重い。明らかに最近の無理な活動の反動で、自分の「気」が落ちてきているのを感じる。ちょっといろんな仕事やプロジェクトに首を突っ込みすぎ。興奮しすぎ。飲み過ぎ。叫びすぎ。騒ぎすぎ。暴れすぎ。(みなさまごめんなさい)

無理を続けたせいで体と心が弱り、気を病む寸前。
こうしたときは自分の内なる声を聴いて休むが肝要。風邪を引いて休むくらいなら今日休むことにしよう。

仕事場に向かった足の方向を変え、上野公園へと散歩に向かう。
いろんな催しの中から「書の至宝-日本と中国-」を選んで東京国立博物館へ。

中国から日本へと海を渡り、わが国で「かな」へと展開する書の壮大な歴史絵巻。なかなか見応えのある内容でした。
「弘法にも筆のあやまり」三筆のひとり、弘法大師空海の書や、なんと聖徳太子の書もありました。漢字が伝達手段を超えた「美」であることを実感。だから「書は人なり」なんですね。

静かに書をみつめていると、書き手のあたりに漂う静謐な空気がこちらにも伝わってくるようです。硯と筆を前にした先人の「気」との時を超えた邂逅。すばらしいです。

楷書、行書、隷書・・・・コンピューター全盛の時代、われわれは書を単なる「フォントの種類」にしてしまいました。
「書にも歴史あり」。
字が下手な私でも、せめてその歴史と美しさを感じる心だけは失いたくありません。
うん、ここにはもういちどやってくることにしよう。

昨日の狂言、今日の書と「信頼できる職業」どころではないので正解はまたまた延期。

2006年1月23日 (月)

今日は講演の仕事を終えてから志の輔師匠、其の四を聴きにパルコへ。
えっ! 落語の途中、急に高座が引っ込んで狂言の舞台が登場!?
おおっ! この人って、もしかして狂言の茂山逸平さん? やっぱりホンモノだ!
場内のどよめきが収まらないうちに志の輔師匠も狂言に登場。なんと共演。
いくらなんでもこのコラボ、演出には驚きました。
(其の四をまだ見ていない方、ネタばらしてすみません)
茂山家の狂言を生で見たのは初めてです。しかも前の席だったのでホンモノの「間」を十分堪能しました。

そんなわけでいい気分で酒も飲み、あたまがビジネスから吹っ飛んだので「信頼できる職業」クイズの解答はまた明日にでも。

2006年1月22日 (日)

飲み過ぎで体調がいまいちのため、おとなしく読書。
ある本のなかでとても興味深いアンケート結果を発見。
・・・・・そのまま書くのも面白くないので、クイズにしてみましょう。

2002年、アメリカで行われた世論調査の結果です。
「おおむね信頼できる職業」と回答した人の多い順です。

★さあ、読者参加クイズです。第2位の職業は何でしょうか?★

教師               84%
(?)               75%
軍人               73%
警官               71%
スポーツのコーチ       68%
プロテスタント教会の牧師  66%
医者               66%
会計士              51%
プロスポーツ選手       48%
カトリック教会の牧師     45%
ジャーナリスト         38%
官僚               26%
弁護士             25%
株式ブローカー        23%
大企業のCEO         23%

2006年1月21日 (土)

今日に限って、まさかこんな雪になるとは。

夕方、志の吉くんと共にパルコ劇場で待ち合わせ。志の輔師匠の終演後に楽屋までお伺いしてご挨拶。終演直後だっただけに湯気のような「気」が残っているド迫力の師匠でしたが、「志の吉をよろしくお願いします」と有り難いお言葉を頂戴しました。

今日の夜は、私の弟子・スタッフ・友人たちによる新年会。
メールや電話で仕事はできるが、やっぱりたまには集まらないといけません。みんなが日本各地から銀座に集合。雪のために遅れたが札幌からと福岡からの飛行機も無事到着。宴会は志の吉くんの落語「死神」から幕開け、その後は大いに飲む。みなさんホントにお疲れさまでした。

2006年1月20日 (金)

今日は天気もよく、平和な午後を事務所にて。
コーヒーを入れてひと息。

新しいことをやり続けている最近、大勢の人から訊かれる質問がある。
「その企画はどこの会社から持ち込まれたものですか?」
「志の吉さんとは昔からお知り合いなんですか?」
特に同業者、大企業の人から訊かれることが多いかな。
おそらく会計士・税理士といった同業、あるいは大企業の人たちの目に私の行動は突飛に見えるのだろう。たとえば「落語家さんと組む」という私の行動を知った彼らは「お膳立てしたのはどこだ?」と大手の影をさがすようだ。

またその他の活動を含めて、企画・交渉・段取りに至るまでいちいち自力でやりたがる私に、
「大手に委託したらもっと早くできますよ」
「ネットでこんなに安く作ってくれる会社がありました」
「あそこに頼んだら楽にできますよ」
と助言をくれる人も多い。

せっかくの親切に対して大変申し訳ないのだが、私は自分で考え、自分で行動し、自分で苦労したいのだ。これは私にとって、これからの生き方に係わるかなり根本的な問題である。これこそ非効率的人生の非効率たる所以なのだから。

株主重視が叫ばれ、ROA・ROEのような経営指標が登場してからだと思うが、「効率経営」というキーワードが日本の会社・ビジネスを覆い始めている。
儲けるための効率を考えれば「分業」が望ましい。皆自分の仕事にのみ専念して他人のやることには口を出さない。粛々と目の前の仕事に集中し、短い時間で片付ける方法を探す。時間や金の「ムダ」は効率の敵、片っ端から排除する。そんな中で生きていて、それが当然だと慣れはじめた人たちに私の非効率的行動は奇異に映るのだろう。
私だって、金儲けだけを考えるなら、自分を安全なところにおいて「コンサルティング」と称する威張り散らしでもやっておいたほうが、たしかに効率がいい。

・・・・でもそういうワケにはいかないのよ。なぜって安全なところから降りてきて、自分で考え、当事者として行動した方が、仕事って絶対に楽しいから。
本当に本当に申し訳ないけど、仕事を効率的にするために言ってもらうアドバイスの多くは、私の耳にこう届いてしまうんです。

「田中さん、そんなところで釣りするのはやめて、あそこの魚屋で買ったらどうですか?」

おーい、みんなー。効率もいいけどさあ、もっともっと仕事のプロセスを楽しもうよ。
仕事が楽しくないなら、楽しくなる方法を考えよう。
すぐ魚屋にいくのはやめてさあ、一緒にゆっくり釣りでもやろうよ。
その方が絶対楽しいよ!

2006年1月19日 (木)

今日の夜は、松山しんのすけさん「仕事と人生に効く100冊の本」の出版記念パーティ。ジェイカレッジのご縁で相方志の吉くんと2人で丸ビルの会場へ。
100冊に取り上げてもらったとはいえ、著者側に座るのはなんとなくこそばゆい。
でも参加者の方との交歓会で「本を読みました!」と声を掛けてくれた人が思った以上に多くビックリ、嬉しい限りでした。
本だけはどれだけ売れても読者との交流の場がないので、こんな機会はとても新鮮です。さすがに面と向かって著者に悪口を言う読者もいないので、みんな褒めてくれるしね(?)。
しんのすけさんの人徳ゆえか、著者もたくさん、お客さんも一杯。しんのすけさん、いい機会をありがとうございました!

そのパーティーのあと、志の吉くんとヒソヒソと飲み屋で真剣に相談し、「会計士×落語家、共演ライブ」の第2弾企画を考えました。見かけによらず真面目な2人。

第1部:「ライブドア事件を斬る!」by田中
第2部:「文七元結」by志の吉

(元)会計士田中はもっとも新しい、あの事件の本質に迫り、そして落語家は一時間に及ぶ大作古典に挑戦です。二人とも気合いで臨む大ネタになりそうです。さあ、どう絡むかは見てのお楽しみ!(日経キャリアマガジン連載1回目ですこしバレてますが)
場所・開演日時などなど詳しいことが決まりましたらメルマガ・ブログでご報告します。
たぶん会場探し、私の資料作り、志の吉くんの稽古の都合で開催は3,4月になるかなあ。

こんどは自前での開催になるので、二人で会場探しから始めることになります。会場探しからチラシをつくって宣伝、チケットの作成・販売、まさにぜんぶ手作り。大変だけど楽しみです。さあ、何人収容のホールを探しましょうか・・・・・・???

みんな待っててくれよ、さあ、またいくぞ~!!

義務感からでなく欲求、「書きたい」という思いから原稿に向かう。
一息。

・・・・・昨日からいろんなものがなくなっている。
シェーバーがない。マフラーがない。ボールペンがない。メモがない。

気にもしていなかったが、やっと原因が判明。博多のホテルに忘れてきたのだ。
熱狂ライブの翌朝、早朝のテレビで垂れ流されるホリエモン報道を見てマスコミの無節操さに呆れ、原稿のことを考えながらホテルを出たのは覚えているが、まさか、それほどボーッと出てきたとは。
ホテルから着払いで送ってもらうことで事なきを得たが、我ながら集中力を自慢していいのか、ボケを憂うべきなのか・・・・? 原稿の調子が出てくるとこんなふうにバカになるのは毎度のことなので、大丈夫だと祈りたい。

2006年1月18日 (水)

そろそろ久しぶりに株でもやるか。

2006年1月17日 (火)

アルコールの血中濃度が高いせいか、朝からノドが渇く。ミネラルウォーターをがぶ飲みしながら羽田経由、事務所まで戻って倍速モードで仕事。

睡眠不足、疲労困憊、うとうとした飛行機の中、突如としてアイデアがひらめく。飛び起き、急いでスチュワーデスさんからペンを借りてメモ。

こうしたときに新企画や本のアイデアが出てくることが意外に多い。だからやめられない(?)。しかし過去の経験則上、アイデアが湧き出るためにはひとつだけ条件があって、それは「楽しいことで疲れている」ときに限られることだ。
何かを嫌々やって疲れているときは愚痴と溜息以外出てこない。
きっと同じ疲れでも「楽しい疲れ」のときって脳みそからいい物質が出ているのかもしれません。そんなわけで昨晩の皆様、どうもお疲れさま&ありがとうございました。

2006年1月16日 (月)

沖縄の疲れと余韻を引きずりつつ仕事をこなし、そのあと再び機上の人となり福岡まで。
沖縄→羽田→福岡、この段取りの悪さが最高。
福岡へはあるお祝い飲み会への参加のために。

みんな、明日も仕事なんだからさあ、節度ある飲み会にしようね・・・という声が九州メンツに届くはずはなく、1次会モツ鍋、2次会バンドで真夜中までドンチャン騒ぎ。

写真は左から「熱唱薬屋の若旦那」「著書を前に東京からの私」「大阪から来た本日の主役」。(恥ずかしいので数日で削除予定)

明日の飛行機は早い。みんなも仕事はどうするのよ。いいかげん大人になろうぜ。(と、いくら言っても無理だよね)

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2006年1月15日 (日)

きょうの朝食は沖縄のホテル、レストラン屋外のテラスにて。信じられない暖かさ。
沖縄に行ったらどうしても調べたかったことを二つほど調査完了。
しかし、まさかオリオンビールに大麦とか発泡酒とか辛口生などいろんな種類があるとは知らなかったなあ。

ところで昨日の夜、通りがかりに「スナック母子家庭」という名の店を発見。
入りたい気持ち、入らねばならない気持ち、入りたくない気持ち、瞬間にして複雑に交錯するも結局断念。次回までとっておくことにした。

夜遅く戻ってきた羽田もかなり暖かく助かった。

2006年1月14日 (土)

早起きで眠いです。
いまから羽田に行って、沖縄まで飛びます。
どうして沖縄かって、理由はありません。マイルがたまったので、特典のタダ券を消化する旅です。せっかくタダなので遠いところがいいだろうということで、「沖縄・稚内」の二者択一で選びました。ホントは日帰りのつもりだったのですが、一泊だけはすることにしました。
それではみなさん行ってきます。

P.S. 志の吉くんからの伝言。ジェイカレッジ参加された方、1月30日(月)巣鴨の独宴会、二席のうちの一席は「火焔太鼓」だそうです。もう1回聴きたいという方、あるいは1.6ジェイカレッジに参加されていない方はぜひどうぞ。私も行きますので声を掛けてください!

・・・・・どうでもいいけど、さいきん志の吉くんから届くメールが、「志の吉です」から「相方です」に変わっているのがビミョーに気になる(?)。

2006年1月13日 (金)

前々から歌詞を聞いて、何歳のどんな人なんだろうなあ? と思っていた。
ひょんなことから作者のことがすこしわかった。

みんな知ってた?
アンパンマンの作者、やなせたかしさんが86歳だってこと。
「手のひらを太陽に」の作詞者でもあること。

やなせさんは中国での戦争体験があるそうだ。
だからこそ命の大切さを知っている。命の大切さを詩にする。
そのことを分かったうえで「アンパンマン・マーチ」の歌詞を見てみよう。

「そうだ、うれしいんだ生きる喜び
 たとえ胸のキズが痛んでも
 なんのために生まれて、なにをして生きるのか?
 答えられないなんて、そんなのはイヤだ
 今を生きることで、熱い心燃える
 だから君は行くんだ微笑んで
 そうだ、うれしいんだ生きる喜び
 たとえ胸のキズが痛んでも
 ああアンパンマン
 やさしい君は 行けみんなの夢守るため」

 どう、この歌詞?
  この歌詞には子供たちに対する手抜きがない。
 いま君たちにはわからないだろうが、いつかこの歌詞の意味が分かる日が来るよ、という大きな大きな暖かさがある。しかし、そこにみせかけの優しさはない。

 子供への教育でも、大人に対するビジネス書でも「分かりやすさ」や「親切さ」に名を借りた手抜き、幼稚さが横行しはじめている。
 物事を簡潔に表現することと、手抜き・幼稚なことは絶対にちがう。

 子供たちが口ずさむ「アンパンマン・マーチ」を読み返してみて、なんていい歌詞なんだろう、と改めて思った。親こそ読んでおきたい歌詞だよね。読めば読むほどアンパンマンになりたくなる(?)。

2006年1月12日 (木)

夕方に東京へ戻る。山と積もった仕事をこなす・・・・・けど全然終わらない。もう泣きそう。「締め切り」という言

おおっ、松山しんのすけさんのブログに1.6公演の写真および実況中継が。
 こちら→ 
http://plaza.rakuten.co.jp/google/diary/200601060001/
スタッフの皆さんと苦労してつくった「高座」の写真がいまさらながら泣かせる。完成したのは開場5分前というギリギリだったしね。

それから↓の写真をいただいたNさん、どうもありがとうございます!

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2006年1月11日 (水)

すっかり忘れていたが、昨日、「日経キャリアマガジン2月号」が発売となりました。
「靖っさん×志の吉の時流かわら版」連載が今回よりスタートです。
なんでも創刊5周年だそうで、表紙のデザイン、連載を一新されています。篠原涼子さんの表紙です。よろしく。

今回は私も着物姿の写真です。最初はスーツ写真だけの予定だったのですが、ウケを狙って撮影日の前日、貸衣装屋さんで借りてきました。インターネットで貸衣装屋さんを探したのですが、「男性用の着物」をレンタルしている店というのが少なくて苦労しました。需要が少なそうだからねえ。
で、なんとか一件探し当て、電話ののちに住所を頼りにお店まで行ってみると、これがまあ、なんと見事に渋谷のラブホテル街のど真ん中。てっきりコスプレか何かの店かと思いきや、きわめて普通の、丁寧かつ上品なお店。
ちょっと大きめだけどいい着物が見つかりました。親切なお店の人が「サービスで着付けもして差し上げますよ」とのこと。そうですかあ~、と喜んだのも束の間。ここで着付けしてもらうってことは、私は渋谷のラブホテル街を1人堂々と着物姿で駅に向かって歩くってこと?
それを平気で提案できる大物ぶりがこの街で商売できる秘訣なんでしょうか。
ちょっと面白い、とは思いましたが、着付けは遠慮しておきました。

今日は暗いうちから東北新幹線で初出張。つらいです。

2006年1月10日 (火)

きのうベロベロに酔っぱらって書いた内容ですが、いいこと書いているじゃないですか!(自画自賛、大バカの見本)
自分じゃないみたい。ときどきこういう不思議なことが起こります。

20世紀は、学歴と出世とカネ。
学歴・出世・カネを手に入れるのが成功。

21世紀は、学歴・出世・カネ以外の何かを掴むことが誇り。
学歴・出世・カネ以外で、胸の張りかたを子供たちに教えることが教育。

さいきんは小学生のガキにまで投資の早期教育を行うのが流行だそうですが、まったくもってそのセンスを疑います。ガキにはほかに教えることがあるだろーが。
そんなにカネの教育が必要なら、私が引率して競馬場にでも連れて行きたいと思います。

2006年1月 9日 (月)

長く長く続いたトンネルだったが、どうやら自分のなかに本当にひとつの区切りがついたらしい。今日は心もホッとして、頭の中にはビートルズの「In my life」が流れている。

自分でもハッキリと意識していなかったが、たぶん新しいことをやってみたかったのだろう。そう。誰かの力を借りずに、カネとか名誉でもなく。自分自身の力で「胸を張ってみたかった」のだ。

ここ数年、ずーっと悩んで過ごした。去年の11月にブログを作ってもらって書き始めた。すこし遅れてホームページも作った。メルマガも始めた。メルマガ創刊号は今年の1月1日。志の吉くんとの初共演も行った。それが今年の1月6日。その間に阪本啓一さんや松山真之助さんとの出会いがあった。

メルマガの創刊号、読者数は75人。
そして初共演、参加者は満員の観客とスタッフの人たち含めて90人くらい。

これまで本を何冊も出版してきた。全部合わせれば10万部を超えていると思う。
もちろん10万人を超える読者の皆さんにはとても感謝しているが、しかし今回の75人・90人は意味が全然ちがう。よく頑張ったよなあ、オレ。スタッフたち、そして75人と90人が笑顔で応援してくれたからなあ。
たとえ今後、この数が増えようと減っていこうと、自分の力でつくったこの数字を、感謝の気持ちとともに大切に覚えておきたいと思う。今後もそんな「小さくても誇れる」仕事をずっと続けていきたい。
世の中のすべてのことはたった一人からはじまる。そのことだけは絶対忘れないでおこう。

今日、パルコ劇場に志の輔師匠の落語を聴きに行った。
もう落語は腹一杯というところだが(?)、チケットをとったのが数ヶ月前だったので。
さすが志の吉くんが家の前を掃き掃除して、無視されても無視されても「弟子にしてください」と拝み続けた師匠、モノがちがうぜ。私が落語を好きになったのは、この「間」なんだよな。

落語には間(ま)がある。師匠は1ヶ月ぶっ通し、「間」だけでパルコ1万人の観客を圧倒する。われわれ日本人はこの「間」を理解できる力をもっている。おそらくこの「間」という概念は外人には理解できまい。
話し手と聞き手の「間」
夫婦間、親子間、上司・部下間の「間」
私たちの心とカネのあいだにある「間」
携帯やメールでは伝えきれない「間」
人々の心と心のつながりにある「間」

失われつつある「間」の文化だけは絶対に無くしてはいけない、と思う。

私の会計界では「国際化」というのがここ数年のテーマだった。
連結だのキャッシュフローだの、そして株主重視だの企業価値だの、いろんな国際化と称する情報が氾濫した。知らないことを誰かに教えてもらうことは恥じることではない。それは大事なことだと思う。

しかし頭を下げっぱなしはよくない。英語を勉強して、小難しい理屈を教えてもらうばかりが国際化じゃないはずだ。

おい外人ども、よく聞け。
おまえたちの国にも優れたものがいろいろあるらしいがな、こっちにはこっちのいいものがあるんだ。おまえたちにはわからないだろう。オレたちにはなあ、間があるんだ、間が。
ざまーみろ。知りたくても日本語が分からない? 当たり前じゃねーか、バーカ。ここは日本なんだ。知りたかったら日本語を勉強してからきやがれ! まあいいや。オレもがんばるからおまえたちもがんばれよ。じゃあな。」

・・・・・いま私はそんなふうに胸を張りたい気分です。
これが生まれて初めてたどりついた、胸を張って誇れる「国際化」ですぜ。

さあ、もうこれまではこれまで。
終わった終わった!
明日からは心機一転だあ。やることは山ほどあるぞー!
でも今晩だけは飲んどくぞー(?)

数日前、帰省時のサービスエリアでデラックストイレの写真を撮った際、早足で歩きながら見えなかったベンチで「スネ」を強打した。何日か経ってだいぶ痛みは引いたが、まだ痛む。かの弁慶でも苦しむところなので当然といえば当然か。

それにしても脛ってどうしてこんなに痛いんでしょうね。構造上は骨と肉と皮だけだし、すぐに直りそうな気がするんですけど。不思議。

2006年1月 8日 (日)

後輩と競馬場という手もあったが、今日は大学ラグビー決勝もあるため自宅。

豪雪の影響が深刻になりつつあるようだが、我が家でも本棚からあふれた書籍が雪崩を起こす寸前なので整理を試みる。本棚の「犬夜叉」(高橋留美子のマンガ)32巻をブックオフに持っていこうとして、結局、読み始めてしまう。32巻読了。それ以降の続きが読みたくてたまらない。数日中にマン喫(マンガ喫茶)に行く自分が容易に想像できる。
雪かきをしようとして、雪崩に巻き込まれるの図。

1.6公演にお客さんとして来ていただいたTさんよりメールを頂戴する。
翌1月7日(土)の朝日新聞の別刷り「be on Saturday」に
「極意いっぱい、自然と身につく伝達力 落語にビジネスを学ぶ」
という特集が載ってました! という情報。
http://www.be.asahi.com/20060107/W13/20051221TBEH0034A.html
三菱UFJ信託銀行の上原治也社長も「火焔太鼓」がお好きなようで。そして落語界を代表してのコメントは志の吉くんの師匠、志の輔さん。

・・・・・・・・記事を読んでみると「落語好きの偉い人」と「志の輔師匠」の話だけでライヴ感がまったく感じられない。音楽と落語、競馬と男女交際はライヴじゃないとねえ。

ジェイカレッジ校長しんのすけさん、志の吉くん、そしてもちろんTさんはじめ観客の皆さん。
あの空間を一緒に体験し、創った私たちは、なんとなく朝日新聞に勝利した気がするのですが、気のせいでしょうか?

すぐ調子に乗る私が代表して叫んでしまおう。しかし天下の朝日新聞相手なので遠慮がちに小声で。

「おーい朝日新聞、取材先を間違ったなあ。ホントに残念だなあ。1月6日のジェイカレッジに来ればもっともっといい記事が書けたのになあー! いつも事件は現場で起こっているんだぞぉー!! いつまでも権威ばかりに頼り過ぎるとドンドン客を失うから気をつけろよー!!」

2006年1月 7日 (土)

落語家とのコラボ、みんなからさんざんバカにされながら、やっとここまできた。
昨日の終演時からいただいた多くの言葉と多くのメールは神様からのご褒美か。
すべての皆さんに感謝しつつ昨日をご報告。

12:00起床
 前日は朝方まで眠れず。起きたら昼。

14:00志の吉くん事務所に来たる
 事務所にてプレゼントの用意と簡単な打ち合わせ。志の吉くんが火焔太鼓の稽古開始。

17:15JAL本社到着
 会場入りして高座つくりの準備開始。机とコピー紙のダンボール箱、白い幕とガムテープで悪戦苦闘、何度かやりなおしの末、やっと高座が完成。なかなか立派でビックリ。音響、照明、コンピューターすべての準備・手順の打ち合わせ。

18:30 開場
 準備完了と同時にお客様の来場がはじまる。2人は控え室に移動。

19:00 開演
 しんのすけさんの開演挨拶ののち、会場の照明が落ち、お囃子とともに志の吉くんが高座へ。まず1席目はご存じ「寿限無」。
 ・・・・・志の吉くん、いつも通りにいかず、あせりと苦悶の色がありあり。初めて「ビジネス界」に登場した若手落語家にアウェーの洗礼。私にもその緊張ぶりが伝わってくる。正直、「ここに彼を連れてくるんじゃなかった」とすこし思った。うしろから見ているのでお客さんの顔が見えない。空気が読めない。胃が痛み出す。

19:35 田中登場
 寿限無が終わり、私と交代。志の吉くんの顔色をみたら戦いを終えたボクサーのようだった。それを見て緊張のあまり、私の出だしも失敗。余裕無し。でもだんだん調子を取り戻し、お客さんと呼吸が合ってくる。実はこの会のお客さんは、お世辞抜きにすごく「いいお客さん」ばかりで、実は我々を応援してくれている人が多かったようだ。どうやら「落語と会計」にとまどっていただけらしい。でも私の貸借対照表の途中で、自然と笑ってもらえる空気になりつつある。これならなんとかいけるかもしれない。
 最後はJALの貸借対照表を説明し、ちょっとけなしながら(あくまでネタなのよ)、火焔太鼓につなぐ。

20:40 再び志の吉登場
 あとから聞いた話では、志の吉くんはこの2度目の登場の時、JALビルから飛び降りたいくらいの緊張だったらしい。JALビルだからって飛ぶのはダメよ。さあ2席目は「火焔太鼓」。空気に慣れてきたお客さんの笑いが出始める。志の吉くんにも調子が戻り始めた。一斉の笑いと、それぞれの笑い。これぞ落語! 私も一安心。ふう。

21:05 終演
  ごあいさつ、3本締め、そして当選者へのプレゼント。プレゼントは私の本と志の吉くんオリジナルの手拭い。
 出口で皆さんとごあいさつ、名刺交換、希望者へのサイン。すべてが完了。
 「み、みずをください」と2人。まるで火焔太鼓の夫婦そっくり。
 そのあと軽く打ち上げ。バンザーイ終わったぞー。しんのすけさん、スタッフの皆さん、素晴らしいお客さんたち、本当にありがとう!

 私はその後、九州から大挙してきてくれたおぷるくん、薬屋の若旦那はじめみんなと朝の4時まで飲む。最後の方はほとんど記憶ありまへん。

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 今日になって何人かから「またやってください」というありがたいメッセージが。もちろん真に受けてまたやりまっせ。
 マンション偽装ヒューザーの社長と「居残り佐平次」
 知的資本(intellectual capital)と「抜け雀」
 コンプライアンスと「井戸の茶碗」

 さあ、次は何でいこうかな?

 ※写真提供は「名撮影者がなぜピンボケするのか」の監訳者はしぐっちゃん(ん?)

IMG_3945

2006年1月 6日 (金)

  想像よりはるかに緊張してノドが乾いた。
  想像よりはるかに疲れた。
  想像よりはるかに相棒と仲良くなった。

スタンダールの墓石みたいですみません。
今日はこれが精一杯です。久しぶりにマジで胃が痛い思いを味わいました。ほんとは状況を説明したいのですがその元気と勇気がありません。これほど「自分で評価ができない」公演も初めてです。
しかし相棒の若手落語家は「アウェー」にもかかわらず本当によく頑張ってくれました。そんな彼も「みなさん、どうだったんでしょうか?」と不安そう。

とにかく私も志の吉くんも「終わった・・・」という達成感と虚脱感。初公演に付き合ってくれた参加者の皆様、本当にありがとう! 
来てもらった人には嬉しいやら申し訳ないやら。でもやっとこれで私の新年がやってきます。

2006年1月 5日 (木)

年の初めには、「ことしは西暦、そして、平成の何年?」を確認する習慣がついてしまった。どうせすぐに忘れてしまうのだが。
ふと、こうして西暦と平成の両方を覚えるようになったのはいつ頃からだろう? と考える。10年くらいのことかなあ、と思うのだが、どうでしょう皆さん。

昔は西暦など使わず、「昭和●年」一本だった気がする。自分の親の生まれ年を西暦では言えないもんね。昭和が平成になり、平成に西暦を併用することになって、時間の感覚が曖昧になってしまった。

数えてみたら今年は昭和81年。
昭和20年に終戦を迎えたこの国で、私は昭和38年に生まれ、昭和61年に大学を卒業した。そしていまは昭和81年。うーん、急に自分がジジイになった気がするぞ。どうやら曖昧にしておいた方がいいのかもしれないね。

★「田中靖浩×立川志の吉」1.6公演まであと1日★
 松山さんのHPに「2006年度にブレークする素敵な『試み』のはじめての場面に居合わる・・・というのは、多分ラッキーです。」という紹介文を発見。
 ・・・・・・困ったな。ブレークしないまでも、せめてブレーキにはならぬよう気をつけます。
 資料の作成も終わり、座布団も調達ずみ。あとは持ち物の確認だけ(なんとお年玉プレゼントあり)。明日は志の吉くんと事務所で待ち合わせして会場へ。
 ここまできたら気にしてもしょうがないので、私も楽しんできます。実は私も志の吉くんの火焔太鼓は初めてなんですよ。

2006年1月 4日 (水)

Uターンラッシュを避けて、夜遅めの運転で東京まで。
最近開通した伊勢湾岸自動車道路のおかげで結構楽になった。私のために作ってくれたような道路。たまには道路公団改め、高速道路株式会社もいいことをする。

その途中、刈谷のサービスエリアで休憩。ここは観覧車があり、そしてトイレなキレイなサービスエリア。車で帰省する連中の間では「あのトイレのキレイな・・・」で通じてしまうほど。

考えてみればサービスエリアで休憩する第一の目的はトイレにあるはずだが、そのトイレに金を掛けるという発想がこれまでの道路公団には皆無だった。世の民営化の流れか、刈谷サービスエリアに登場したのはその名も「デラックストイレ」。(頼むからネーミングだけもうすこし何とかしてくれ高速道路株式会社、でもその社名ではたぶん無理だよなあ~)

混雑で中の写真を撮れないのがとても残念。外観だけで許せ。
機会がある方は話の種に是非どうぞ。
ただ営業時間が6:00~22:00だそうです、ご注意ください。営業時間があるトイレというのも珍しいですな。なんとかならんか高速道路株式会社!

2006-0103-2148

2006年1月 3日 (火)

短い帰省を終えてこれから東京に戻る。
故郷へ戻るときには何の心の整理も要らないが、東京へ戻るときには「さあ行くぞ!」と心と呼吸を整える必要がある。このへんが明らかに田舎モノ。

故郷の四日市で有名なタウン誌くじらを発行している頑張っているIさん、同じく東京に戻って働く有名建築士アトリエ71のKさん、お互い不安定な生活にめげず頑張りましょう。

★「田中靖浩×立川志の吉」1.6公演まであと3日★
 やるべきこと:
 1 資料の作成
 2 高座に置く座布団の調達

2006年1月 2日 (月)

1月2日の今日は、故郷の四日市にて大規模な高校時代の同窓会。
数年前に開催の折りには書籍執筆のため参加を断念したが、今年は無理矢理に出席。
なにせ今年は「非効率」がモットーなので。

書きたいネタはあるのだが、このブログを知られているせいなのか写真の掲載はおろかイニシャルを書くことすら拒まれる。まったくもってつまらん(?)。Oさん、一緒に撮った写真くらいは送ってちょうだい。

そんななか、書いていいネタを選んでひとつだけ。

私の高校時代の担任と、久しぶりの嬉しい再会。
当時、手をあげてくれる、ありがたく情熱的な先生だった。その先生によれば手をあげられたのはあの当時が最後だったそう。われわれの卒業後、学校内や保護者との関係上、体罰などは許されない時代になったという。
体罰を否定する理由はいくらでも見つかるが、体罰を肯定する理由を誰もあげられない時代になってしまった。
「体罰に至る情熱」を肯定する理由もあるはずではないか?
しかしその答えを世論に求めても、あと100年は答えが見つからないだろう。
許されない体罰と許される体罰、そのちがいを世論を頼らず、自分自身の力で探していきたいと思う。そうでないと、体罰を否定する「日和見」そして「無関心」が跋扈する世の中に何も反論できなくなってしまうから。

それが私の恩師への恩返し。

2006年1月 1日 (日)

1月1日、年の初めはいきなりの二日酔いから。
わりと暖かくいい天気。墓参りに行ったあと初詣に。おみくじは中吉。

東京三菱銀行の看板が、一夜にして、長ったらしい新銀行名の看板に変わっている。
銀行と会計事務所の看板変更はもうそろそろ最終段階か?

さあ、今年はどんな年になるんでしょうか? 平和な年だといいですね。