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2005年12月 4日 (日)

タイムカプセルが開いた!

日曜日にもかかわらず、早起きして新幹線へ。
故郷の四日市まで急ぎ帰郷。卒業した小学校へ向かう。

なんと今日はわれわれが6年生のときに埋めた「タイムカプセル」の中身(絵や作文)が配られる日なのだ。埋めたときは100周年だからいいとして、開封がどうして「30年後」なのかは今もって不明。先週末には現在校生たちの作文や絵が埋められたらしく、こんど開封されるのはいまから20年後の2025年だとか。

会場の体育館に入るやいなや懐かしい顔に出会う。さっそく私の30年前の絵がみんなの前で取り出される。一呼吸置いて大爆笑。そののち罵声が飛ぶ。
「おまえこれを取りに、わざわざ新幹線でやってきたのか。バッカじゃねーの。」
・・・・・・たしかに。なんという下手くそさ。家に帰っても決して子供には見せたくない出来映え。みんなの言うとおり、バカである。

私の下手な絵はともかく、図書館の壁には在校生たちの「20年後のわが小学校」の展示があった。運動場などの施設関係と給食関係が多い。彼らの想像によれば、わが母校の20年後には運動場にディズニーランド並のレジャー施設が完備されているようだ。大きな観覧車が目を引く。そして20年後の給食はバイキングになっており、のみならず回転寿司のように給食の料理が教室のなかを廻っている。これはすばらしい。全員が給食を好きになりそうだ。

一方、6年生の作文に「20年後の学校にはイジメがなくなっている」という一文をみつける。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。そうだね、そうなっているといいね。オジさんもそのことを君と一緒にお祈りすることにしよう。20年後の未来に向けて。ついでに「社会の中で弱い者イジメがなくなっている」というのも追加しておいていいかな?

かくしてタイムカプセルの開封セレモニーはあっけなく終わった。重松清の小説にあるような大げさな出来事は起こらなかった。普通に年末の飲み会を約束して変わらない友人たちと別れた。四日市から近鉄の特急で名古屋駅まで向かう。そして名古屋から帰りの新幹線に乗る。

帰りの車中でふと3年前に死んだ親友のことを想い出す。彼とは同い年だった。無意識の方角から彼の声が聞こえる。

「そっちはどうだ。おまえはどうしている」

いろんなことを報告しようと思うが、3年ぶりの彼に言うようなことではない。自分のことも社会のことも、どれもこれも取るに足らないことばかりだ。

「全然変わらない。オレもみんなも大した人生じゃないが、それなりに、なんとかがんばっている。」

そう、なにも変わってはいない。昔もいまも悪いやつは悪いし、がんばるやつはがんばっている。新幹線から見える山の風景も、そして街並みもまったく変わってはいない。
たぶんこれからも変わらない。いつか何10年後かに給食がバイキングになるくらいだ。世の中はたいして変わらないんだ。
だからおまえがいなくなる必要はまったくなかった。いま生きていても、それで全然問題はなかった。なのに、どうしておまえだけがこの世の中から突然消えてしまったんだ。

そんなことを考えながら、小雨が降りだした窓のそとを眺め、我慢しきれずにすこしだけ涙が出る。

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コメント

号泣!

石原慎太郎の「弟」の「おーい裕さん、いま何してるんだ」(確かそうだったような)というくだりを読んで泣いたことを思い出しました。

同窓会なんてほとんど出たことないけど、今度あったら顔出してみようかなって気持ちになりました。

投稿: たのきんスカイウォーカー | 2005年12月 7日 14:34

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