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2005年12月20日 (火)

傲慢さと謙虚さの間で

仕事で途中、別の本に邪魔されたが、「神々の山嶺(かみがみのいただき)」上・下巻を読み終える。

「何故、山にゆくのか。
 何故、山に登るのか。
 それには、答えがない。
 それは、何故、人が生きるのかという問いと同じであるからだ。」
 (「神々の山嶺(かみがみのいただき)下巻」夢枕獏著 集英社文庫)

この小説を読むのは4回目だが、毎回読み終えて深く感動する。しかし、読んだあとで考えることが毎回違う。これは名作の証拠だと思う。
人生の中で、人はなんとか自分の人生に納得をし、折り合いを付けていく。でも、何をどう頑張っても「折り合いの付けられない」ことがある。私の場合、それは「仕事をしながら本を書く」という行為かもしれない。

本だけ書いていく小説家のような人生であれば、苦労は多いけどそれはそれで分かりやすい人生だと思う。でも私の場合、これが実に中途半端。執筆のことだけ考えるのであれば、もっともっと自分の世界に入って行きたいところだ。気に入らない「すべての不快な人やモノ」を身の回りから遠ざけ、自分の感覚のみを信じて思いっきり没頭してみたい、傲慢になりきってみたい、と何度思ったことか。

しかし現実に、そんなことができるわけはありません。
ビジネスという世界のど真ん中でやっていく以上、仕事、友人、飲み会、家族、すべての人間関係に気を遣いつつ、喜びつつ、落ち込みつつ、毎日を生きているわけです。私も友人は少ない方ですが、それなりに人間関係は大好きです。しかし謙虚に感謝の心を大切にするような生活からは、なかなか「独創的でとんがった」アイデアなんて出てこないワケですよ。凡人である私の場合。

どこか少々生意気かつ喧嘩腰で人と接している方が心が落ち着いたりするわけです。たとえあとで落ち込んだとしても、その心のヒダから生まれてくるものが多い。だから嫌われても生意気に生きていく方がヘラヘラ笑っているよりマシ、という感覚が年々強くなってきた。これはやばい、と自分でも思います。ふつう、年をとるとすこしは丸~くなるもんですよね? この年で激しくなるなんて、私、やっぱり間違ってますよね??

世の中の大人たち、特に著者の人たちは、どうやって傲慢さと謙虚さに折り合いを付けているのか、不思議でなりません。教えて欲しいです。マジで。
この矛盾だけはおそらく一生解決されず、私の人生の中に抱え込んでいくのでしょう。
今回「神々の山嶺」を読んで、その矛盾を解決せずに、自分の中に抱え込む勇気(あきらめ?)だけはついてきました。

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コメント

【問題】田中センセの文章が万人の共感を得ているのはなぜか?

①年齢を感じさせない新鮮な文章を書くから
②精密な洞察力に裏打ちされた文章の着眼点が絶妙だから
③難しいことをさらっとやさしく説明するライトな文章を書くから
④ライトな文章であっても決して内容のレベルは落としていないから

投稿: s5884 | 2005年12月 21日 11:00

★s5884さん
全部やないですか?

投稿: おぷる | 2005年12月 21日 22:40

おぷる様:

正解です。本当は一問オチをつけたいところでしたがイエロー2枚なのでぐっと我慢しました(イエローカードは年内でリセットされるといいなぁ)

投稿: s5884 | 2005年12月 22日 15:29

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