2012年5月28日 (月)

 先週、某マスコミより就活関連の取材を受けました(ヒマなので)。事務所にきたのは名刺を差し出す姿も初々しい新人さん。なんでも先輩から「会計ならあの人のところに行っておいで」と勧められたそうで。それはともかく肝心の中身=就活生へのアドバイスがなかなかまとまりません。

  目先、大企業にどうしても入りたくて「就活スクール」なるものにカネを払う学生。よほど経営が苦しいのか、学生に媚びて就職活動を支援する大学。もはや大学は「真面目に学問する場所」ではなくなっているようです。
 私は会計に限らず、何かを学ぶのは自分の可能性や興味を広げるものだと思うのですよ。
  そこには苦闘があるし、だからこそトンネルを抜けた後が気持ちいいわけで。
 ・・・でも世の中は全く逆に進んでいるようで「決算数値から良い会社を読み取る方法」とか「危ない会社を数字で見分ける方法」が望まれているようです。
 ・・・そんなもん、簡単にわかるかい!(ダービーだって当たらないのに)。

 なんとなく今の大学で先生たちが何をどう教えて、生徒たちが何をどう学んでいるか想像ができました。そのうえで改めて考えてしまいました。
 「大学って、何しにいくところなんだろう?」
 たぶん学生の頭のよさは入学時がピークで、あとは4年間、脳みそが減価償却されるだけ。卒業時点は入学時より頭が退化してしまう大学。
 みんな馬鹿馬鹿しいと思いつつ、でも目先の金(就職・学校経営)のためにはやめられない。
 目先に追われるとダメになるのは会社だけではないようです。
 目先の小銭稼ぎに追われて、わけのわからない行動にハマって将来の大金を失う。
 これぞ「貧すれば鈍す」。
 こんなところに子どもを通わせるために学費払うのかよ、と思うだけで溜め息。

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 眼の不調は小康状態を保っていますが、なぜかパソコンに向かえる「許容時間」がどんどん少なくなっています。
 いまは一回15分くらいが限度。これが「眼がさらにダメになっている」のか「眼が自ら健康になろうとしている」のか、どちらのプロセスなのかよくわかりません。
 パソコンの眩しい光もダメなんですが、眼から画面の距離が同じなので焦点が固定されている状態が妙に疲れるようです。
 すこし画面に向かっただけで、すぐ散歩して、遠くのものを見にいきたくなります。
 (遠くのものを見るとそれだけで眼が楽)

 もともと男性(オス)の眼は、「遠くを見る」ように出来ています。遠くの獲物をつかまえるためです。
 だから女性に比べて遠くは見えるが周辺視野が弱くできており、道から飛び出して横から来たクルマにはねられるのは女の子より男の子のほうが多いのです。
  そんな「生きるための獲物をつかまえるため、遠くを見る目が必要だった」時代が数万年は続いてきたのに、ここ20年くらいで急に「目から30~40センチの距離に集中することでカネを稼ぐ」世の中になりました。するとこの環境に適応できない私のような「落ちこぼれ」が出てくるのかもしれません。
 しかしこれも「目先に捕らわれるな=遠くを見よ」という神様の命令かもしれないので、運命を受け入れようと思います。 

 それにしても目を悪くしてから、仕事手伝ってくれたり、色んな情報をくれたりする人が多くて助かっています。(ブログ連絡フォームから情報をくれたMさん、ありがとう)。
 不調が原因ではありますが、これまで見えなかった人の思いやりが見えたという意味で良かったことであります。
 やはり男は近くを見て、目先で生きていてはダメです。遠くをほんやり見て生きないと。
 そうすればいいことがあるんです。きっと。

The Rolling Stones 「FAR AWAY EYES」より

 So If you're down on your luck I know y'all sympathize
 Find a girl with far away eyes
 And if you're downlight disgusted
 And life ain't worth a dime
 Get a girl  with far away eyes

 みんなが同情するほど運に見はなされたときは
 夢見るような瞳をした女を見つけるんだ
 徹底的にうんざりして
 人生の何の価値も見いだせなくなったときは
 夢見るような瞳をした女を見つけるんだ

2012年5月25日 (金)

 パソコンに短時間しか向かえないだけでなく、本を読むのもつらい。
 もはや仕事・生活をこの現状に合わせるしかない。そうすると「ヒマ」で仕方がない。
 自分がいかにパソコンに向かい、本を読んでいただけのつまらない人間だったのか思い知りました。パソコンと本を封じられてみると、時間が余ってしかたありません。やることがないので昨日など、若い衆と事務所の窓掃除をしておりました。
 今日は昼間から「ビール工場見学いこうぜ」と彼らとアサヒビール茨城工場の見学。
  朝っぱらから出来立てのスーパードライを味わいました。人生これでいいのか。

 ヒマなのでいろんな工場見学に行き始めておりますが、工場見学はやっぱり楽しいです。
 この「現場・ビジュアル・空気」を下地にしつつ、ちょっと経営・会計のニュアンスを含めた「工場見学記」を作成開始しました。
 さいきん世の中では工場見学がブーム、工場見学本も多く出ているようです。
 私もこれまで「工場見学+講義」をやってきたし、若い衆と一緒に楽しくかつすこし勉強になるレポートをつくってどこかに発表していこうと思います。どうせヒマだし。

平日の朝、10時台からこれです↓。
0525

2012年5月22日 (火)

 パソコンに向かえないため、仕方なく電話での連絡が多くなる。電話で話すのは、意外にも楽しい。用がないのに電話を掛けてしまうこともしばしば。
 今日は聞きたいことがあって某社長に挨拶がてら電話。彼(同年齢)とは若かりしころ、戦友のように一緒に仕事した仲だ。彼も私と同じく眼をやられて病院通いになっている事実を知る。症状もほぼ同じ。晴れた日にはサングラスが手放せないという・・・なんということだ。

 昔よく一緒に飲んだ彼は酒も止めたという。
 東洋医学的にも眼と腎臓はつながりが深いらしい。とくに内臓を冷やすビールは良くないという。本当ならビール党の私にはつらすぎる事実。
「田中先生も飲み過ぎには注意したほうがいいですよ」
「分かっているんですけどね。でもビールが飲めないっていうのは・・・う~ん」
「じゃあ、ビールを温めて飲むっていうのはどうですか?」
「温める!その手がありましたか!! ついでに紙コップにすれば検尿のやつみたいで最高ですね!」

 ・・・そんなくだらない会話で、2人、我が身の不幸について気をまぎらわせておりました。
 そういえば、新春に志の吉さんと共演したジェイカレッジで、彼が「そんな」落語をやっていましたね。

 この社長とはいつか2人で
「眼は自分が期待するほど、見えてはくれないが、がっかりするほど見えなくはない」
 という対談の本を書こうと思います(わかりにくいギャグですみません)。

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 そうそう、いま東京のファミリーマートや地下鉄構内に置いている「Hot Pepper Beauty」というフリーペーパーに私と志の吉さんの広告がちょこっと出ています。日経さんで収録した「古典落語「火焔太鼓」で学ぶ会計のしくみ」のPR。
 私が志の吉さんを相手に「日本経済の歩みから会計の学び方・基本」を解説しつつ、それに併せて彼が「火焔太鼓」をダイジェスト披露するという斬新な企画です。
 興味のある方はお試し下さい。(決して小便の落語ではありません)

0522

2012年5月21日 (月)

 「太陽と死は、じっと見つめられぬ」とはラ・ロシュフコーの言葉ですが、本当に多くの人がメガネを掛けて日食を見たようですね。私は日食よりも「日食を見る人々」を興味深く観察していました。日食そのものは「網膜がやられる危険がある」と聞いて、おそるおそるしか見られませんでした。それでも、大勢の人が同じ方向を眺めてニコニコしている光景はなんだか楽しげでした。

 友人知人や仕事関係者の皆さまから目薬、眼にいい食べ物などを頂いております。
 またパソコンの負担を軽減するメガネや病院の情報なども教えてもらいました。
 本当にありがとうございます。
 この眼の不調と頭痛から脱却すべくあらゆるものを試しています。

●これまでに試したもの
 めぐリズム
 JINS-PC(パソコン用メガネ)
 各種老眼鏡
 各種目薬
 八味地黄丸(漢方薬)
  ルミンA(薬)
 ブルーベリー+ルテイン(サプリメント)
 DHA+セサミン(サプリメント)
 きのこの山(おやつ)
 バイオライト(照明)
 鍼治療

 ・・・残念ながら、いまのところ全く効果なし。絶望的です。
 (いろいろやりすぎて合成の誤謬が起こっているのかもしれません)

 意外にも眼が一番気持ちのはマジカル・アイといった書籍として売られている3Dグラフィックス。これをパソコンのあとでみると眼が「すーっ」とします。

 しかし今回、手書きという不利を背負いつつある状況において、清書や打ち込み、調べ物をしてくれる助け人たちのおかげで、なんとか仕事が止まらずに進んでいます。
 これほど優しくて、かつ優秀な人たちに囲まれているとは気が付かなかった。こんなに優秀ならもっと早くコキ使っておくんだったと、いま猛烈に後悔しています。

 そして原稿関係でお付き合いしている編集者さんたちが皆「フォローするので任せてください!」と言ってくれるのは本当に心強い。
  最近はメールだけで仕事が終わってしまうデジタルな付き合いが多くなりましたが、編集者さんは「いいものを作りたい職人さん」なんだということを再確認しました。
 ご面倒をお掛けすることも多くなりますが、よろしく頼んます。

2012年5月17日 (木)

告知です。中小企業経営者・幹部向けの会計塾を大阪にて開催します。
この大阪の会計塾は1昨年・昨年に続いて3年目。
今回は夏に「ビール工場+品質管理/会計講義」もやります。

■中小企業幹部のための会計塾<全6回>■
-社長・幹部のための”数字をいかす会計力”を習得する-

 主催:大阪商工会議所/講師:田中靖浩
 第1回:2012年6月6日(水)13::00~17:00

 詳細・申込はこちら → http://www.osaka.cci.or.jp/b/sk_kjk12/

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私の大風呂敷だと思って聞いてください。

人生の後半戦、絶対に成し遂げたい夢がひとつありまして。
それは「中小企業」に代わる新しいネーミングを考えることです。
堺屋太一さんが「団塊の世代」という秀逸なコピーを創作したように。

もともと「大企業」に対して「中小企業」というのがずっと気に入りませんでした。
その大企業「以外」というニュアンス、大企業に非ず、大企業に満たず、というのが引っかかります。
経産省はじめ、お役所関係の委員会に出席しても必ず中小企業の定義から始まるんです。法律を持ち出して、売上や従業員の規模で分けるような不毛な区別。
そんなときにもどこかに「いまだ中小」という空気がつきまとうんですね。
本の出版でもタイトルに「中小企業」とつけただけで、なぜか雰囲気が暗くなってしまうんです。

世の中にはわざと、好きで、小さくやっている会社がたくさんあります。
私も周りにも男女・年齢などに関係なく立派に「小さな会社」を経営している社長がたくさんおります。
その人たちが誇りを持てるような、小さな会社のネーミングを考えてみたい。
すくなくとも私が死ぬまでには誰も考えてくれそうにないので、これを考えるのは私の天命であると考えております。(かなりマジ)。

※先日脱稿した新刊でも会社ではないですが別のものに「ネーミング」を考えてみましたが、身内ウケに終わった気配。やっぱりネーミングは難しい。